84.舐めたら味で分かるのよ
慌てたルシファーとエリゴスが、子供達をあやし始める。その様子を見ながら、リリスが呟いた。
「似た者同士ね」
妻より子育てに長けた夫という意味では、二人は同じカテゴリーだろう。一瞬顔を見合わせたルシファーとエリゴスだが、腕の中の我が子は泣き続ける。あやす方に夢中になった。イヴはおしゃぶりを咥えさせてもらって落ち着き、ジルは愚図りながらも胸に顔を埋めて眠り始める。ようやく落ち着いたところで、尋ねた。
「なぜ舐めたんだ?」
「分類ね。精霊なら味でわかるのよ」
そんな分類方法が、精霊女王に備わっていたとは! 数万年を付き合って初めて知った。驚くルシファーをよそに、真剣そのもののベルゼビュート。そんなわけがないでしょう、と突っ込んでくれるアスタロトはいない。リリスはにこにこと首を傾げた。
「どこの精霊なの?」
「この世界の精霊じゃないわ。無味だもの」
「……その分類方法、本当に合ってるのか?」
懐疑的な表情を浮かべるルシファーの呟きに、リリスはイヴを受け取った。泣き止んだイヴはまだ目を潤ませたまま、おしゃぶりをもぐもぐ動かす。何か言いたげだが、多分気のせいだろう。
「失礼ね! あたくしはすべての精霊を味見してるんだから!!」
精霊女王ってそういう意味か。顔を引き攣らせたルシファーの横で、リリスも眉を寄せた。だが彼女が気にしたのは、会話の内容ではない。せっかく落ち着いた娘がまた泣かないか、そちらを心配したのだ。
「ベルゼ姉さん、静かにして。イヴが起きちゃうじゃない」
「あら、ごめんなさい……って、あたくしが悪いの?」
方向修正する者がいないと混迷を深めるだけの場で、救いの手は思わぬところから現れた。
「魔王様、リリス様、少しよろしいでしょうか」
ノックの後に聞こえたのは、ルーサルカの声だ。
「どうぞ」
部屋の主でもあるリリスが入室を許可したので、扉を開いて一礼した。顔を上げたルーサルカは固まる。その表情に「しまった」と書いてあるのは、気のせいではないだろう。状況がよく分からないまでも、何かに巻き込まれたと危険は感じたようだ。
「明日にします」
帰ろうとするが、ここで割と常識があるエリゴスが引き止めた。
「待ってください、助けて欲しいんです」
「帰らせてください」
ルーサルカは逃げを図る。しかし、あっさりと捕まった。ベルゼビュートに確保され、ルーシアの居場所を尋ねられる。
「シアなら今日は帰りました」
仕事が終わっている時間なので、当然の答えだ。ジンとの間に子どももいるルーシアは、家に帰れば母親であり妻だった。忙しいので、仕事が終われば帰宅する。
「ルーシアなら分かると思ったんだが」
水の精霊族の彼女なら、この精霊の正体を見分けてくれたはず。そんな魔王の期待を込めた呟きに、精霊女王がいるのに? と事情を知らないルーサルカが首を傾げた。
「ひとまず明日にしましょう。その精霊はお預けしますので、ご機嫌よう」
我が子を抱いた夫を連れて、ベルゼビュートは部屋を出た。中庭から温泉街の屋敷に戻り、台無しになった時間をやり直すつもりだ。そのため早足だった。また巻き毛に戻ったベルゼビュートの背中を見送り、ルーサルカも慌てて部屋を出る。
「ルーシアに明日顔を出すよう伝えますね」
この辺りは侍女長アデーレ直伝のそつのなさを発揮し、上手に離脱した。
「結局、何の精霊なのかしらね」
「わからん。が、味で見分ける……他の種族でも出来るかな」
妙なところに興味を惹かれたルシファーへ、リリスは城門へ目を向けた。
「ヤンなら味じゃなくて、匂いで見分けそうよ」
護衛を務めるヤンの名を引き合いに出すと、ルシファーは真剣に考え始めた。また役に立たないことを思いついて実行し、叱られるんでしょうね。ふふっと笑いながら、リリスは止めずに入浴の準備を促した。