83.とんでもないタイミングで呼び出し
精霊といえば、精霊女王に尋ねるべきだろう。灰色の精霊をイヴが握らないよう、結界の中に入れて保護した。私室で安全を確保してから、ベルゼビュートを呼び出す。
「ベルゼ、ちょっと来てくれ」
無理です、と返答が届く。器用に音声だけ転送して寄越した。うーんとルシファーが唸る。これは警戒されているとみた。
「急ぎの用だぞ、あとベールやアスタロトはいないから」
安心してくれ。そう連絡したが、間髪入れずに「無理ですわ」再び同じ返答だった。首を傾げたルシファーへ、リリスがポンと手を叩いた。何か思いついたらしい。
「ベルゼ姉さんの居場所はわかるんだし、ここへ転送したらどうかしら」
「それはいい」
主君の呼び出しを無視する配下に遠慮は無用。魔力を含ませた声で強制的に呼びつけた。
「ベルゼビュート召喚!」
魔法陣も付けたので、本人の意思や許可がなくても召喚可能だ。呼びつけられたベルゼビュートは、否応なく現れた――裸で。
「……陛下、あたくし無理ですと申し上げたでしょう?」
もうっ! 怒った彼女の声に、ルシファーはぽりぽりと頬を掻いてから、タオルを差し出した。受け取った彼女がくるりと巻いて、溜め息をつく。
「入浴中だったのか」
「違いますわ! これからエリゴスと愛を語り合う予定だったんです」
つまりベッドイン直前で呼び出されたことになる。はっとしたリリスが、ルシファーの袖を引っ張った。
「大変よ、エリゴスも呼んで……あ、ジルも」
夫と愛を確かめ合うところで呼び出されたなら、目の前で裸の妻が消えたということ。さぞ慌てているだろう。まず合流させないと騒動が大きくなる。リリスの指摘に、ルシファーがぱちんと指を鳴らしてエリゴスを転移させた。続いてジルも連れてくる。幼子を置いたままにするのは、非道過ぎるだろう。
ベルゼビュートの一家全員が、魔王の私室に召喚された。奇妙な構図を指摘する常識者は誰もいない。
「ベルゼ! あ、陛下と妃殿下も……あれ?」
裸のエリゴスは、すぐにベルゼビュートにより隠された。思わず凝視したリリスが「ちょっと形と大きさが違う」などと生々しい指摘をするが、ベルゼビュートに睨まれて黙った。こういう迂闊さは、育ての親ルシファーにそっくりのリリスである。口に出さなければいいのに。
「ジル、無事か」
ほっとした様子で床の上の我が子を拾い上げるエリゴスは、シーツでぐるぐる巻きだった。隙間から何とか両手を出し、ジルを抱き締める。腰に手を当てて怒った顔の妻と、困った様子の魔王夫妻を見てピンときた。
「魔王陛下、何かありましたか」
妻である大公ベルゼビュートを緊急呼出する程の事件なら、大変なことだ。それにしては私室だし、他の大公の姿がない。奇妙な状況にようやく、エリゴスは落ち着いて周囲を見回した。
「何が、あったんです?」
同じ言葉なのに、問いただす響きに変わる。怪訝そうな顔で答えを待つ二人に、手短かに説明した。イヴが見知らぬ精霊を捕まえたのだが、回復ついでに見て欲しい。そう告げて、結界に包んだ精霊を差し出した。
灰色の体に、濃灰色の髪。目の色は不明だが、ぐったりと横たわっていた。赤子とはいえ、力一杯握られた影響は大きい。まだ意識不明で横たわっていた。
「この色は初めてね」
ベルゼビュートも同じ感想を抱いた。この色の精霊は知らない。結界ごしなので特性や分類も分からない。
「陛下、あたくしの手の上で結界を解除してくださいませんこと?」
「分かった」
ベルゼビュートが両手を差し出した上に結界を置き、そっと解除した。ふわりと浮いてから綿毛のように落ちた精霊を受け止め、ベルゼビュートはじっくり観察する。背中の羽なども治して確認した後、突然ぺろりと精霊の顔を舐めた。
「べ、ベルゼ?!」
食べたらダメよ、叫んだリリスの声でイヴとジルが同時に泣き出した。




