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68.死か追放か、誤った噂が混乱を招く

 魔王城の執務室で、魔法を使った奴がいるらしい。魔王様や大公様が目の色を変えて追っているってさ。


 だいぶ誇張されたその話を耳に挟んだエルフの子どもは、親の口調を真似て「大事件だ」と騒ぎ始めた。青ざめたのは二人だけ。魔王城に務める者は、我が子を城門近くの保育園へ優先的に預けることが可能だ。以前リリスが通った保育園は、現在も貴族や魔王城に務める一族の子で賑わっていた。


 庭や城門前の広場などを緑化するエルフの子は、薄緑の特徴的な髪を揺らして親の口調を真似る。


「重要な書類になんてこと! きっと命を持って償うことになるぞ」


「え? うちは違ったな。お父様は、僕がそんなことしたら追放するって言ったよ」


「じゃあ、追放か死なの? 怖いね」


「魔王様の署名はそれだけ大切なんだよ、きっと……消しちゃうなんてヤバいよ」


 最年長のクラスだけあり、口も達者で大人の真似をしたがるお年頃だ。口調や大人びた会話に憧れを募らせ、議論もどきを始めた。


「どんな罰なら怖くないかな」


「僕はおやつ抜きとか嫌だけど」


「寝る前にお母様が絵本を読んでくれないのも嫌だわ」


「それは俺も同じ。寝る前の絵本やミルクは大事だよ」


「おやつは?」


「我慢できる、と思う」


 男女入り乱れて、朝からこの会話一択だ。保育士が他の話に誘導しても、すぐ戻ってしまう。それだけ魔王という存在は身近で、親しまれているのだろう。各家庭の話題の中心になるほど、騒動は大きく広がっていた。その理由が、ここにいる子ども達の両親だ。


 魔王城に勤めている間に得た秘匿事項は持ち帰らないのが原則だった。だが、今回の事件は誰からも口止めされていない。箝口令を引く事件だと考えないベールや魔王、犯人を炙り出すためにあえて拡めるアスタロトやルキフェル。思惑は違うが、双方ともこの事件に関して口止めしなかった。それが現状に繋がっている。


 盛り上がる子ども達から少し離れた場所で、絵本を開く二人は青ざめた顔を見合わせた。死ぬか追放? お母さんやお父さんを巻き込んだらどうしよう。不安で胸が苦しくなった。


 あの時、ドワーフの父が仕事を終えるのを待つテッドと、侍女を務める母の迎えを待つコリーは、綺麗な紙で飛行機を折った。この作り方は勇者アベルが持ち込んだ技術で、鳥とも違う飛行機という名称が子どもに人気となった。風の魔法を使えるコリーが高く持ち上げた飛行機は、左にくるくる回転しながら落ちていく。偶然開いたままの窓から部屋に入ってしまった。


 魔王城の敷地で遊ぶことは母親に告げたが、お部屋の中は困る。きっと叱られてしまうだろう。証拠になる紙飛行機を回収しようと魔法を使うが、建物に掛けられた防御魔法陣に防がれた。仕方なく部屋に侵入したのだ。風で二階まで浮き上がり、恐る恐る覗き込む。誰もいない隙に、と焦って魔法を使った。外からの使用ではなく、また他者を害する魔法ではないので発動してしまい、この騒動を引き起こしたのだ。


 使った魔法のせいで、部屋に置かれた魔王様の書類が真っ白になったと聞いたのは、翌日の保育園でのこと。謝りに行くか、黙っているか。迷ったテッドは、ぐっと拳を握って立ち上がる。


「俺が自分でやったって言う。コリーは黙ってていいよ」


「そんなのダメだよ、僕も一緒に」


 揉めている彼らの様子をケンカと勘違いしたガミジン先生が近づき、事情を聞いて目を見開いた。


「君達だったの? じゃあ、連絡するから謝りに行こう。大丈夫、先生も一緒に謝るから許してくれるさ」


 ちょうどその頃、魔王城の執務室ではルキフェルが犯人を捕まえる策を練っていた。怯える子ども達と両手を繋ぎ、ガミジンは笑顔で保育園を出る。かつてリリスの担当保育士だった彼は、魔王の人柄を正しく理解していた。


「殺されるのもないし、追放なんてしない。ただ正直に話して、ごめんなさいと謝るんだよ」


 嫌だ怖いと泣く子ども達の手を引き、角馬族(ユニコーン)のガミジンは軽やかな足取りで魔王城へ向かった。

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