517.善行積む者あれば、眠る者あり
魔族だから酒に強い、なんてことはない。酔っ払いも発生するし、酒じゃない嗜好品で酔っ払う者も大量に現れた。ドワーフなどがその一例だ。
ここで優秀なのは、魔法陣や魔法を駆使する種族が多いということ。即位記念祭を始め、こうした大祭が行われれば、自主的に掃除を始める者がいる。酔って吐いた場所を浄化したり、転がる瓶を回収したり。
そんな中の一人であるルーサルカは、せっせと土をひっくり返していた。浄化が使えないので、吐瀉物を土の中に埋めているのだ。汚れた地表をひっくり返し、踏んで固める。一つずつ行う彼女の後ろから、酔っ払いが抱きついた。
「きゃぁ!」
「おっと、悪い。間違えた」
本当に悪気はなかったらしく、酔った犬獣人は地面に伏して謝った。少し先のテーブルから走って来た狐獣人の女性が一緒に頭を下げる。どうやら奥さんらしい。
「いいですよ、奥さんの立派な尻尾と間違えたんですよね。光栄です」
ふふっと笑って許すルーサルカに、奥さんは何度も頭を下げて夫の尻を蹴飛ばした。仲良く戻っていく姿を眺めていると、するりと影から義父が現れる。
「お義父様?」
「結界に干渉があったので見に来ましたが、ルカらしい対応でしたね」
結界? 知らない間に保護されていたようだ。ルーサルカは「まあいいか」と深く考えずに頷いた。
「反省していますし、奥さんと間違えたなら仕方ないです。酔っ払いに狐尻尾の見分けは無理ですよ」
くすくすと笑いながら尻尾を揺らす。狐の尻尾は基本的に茶色が多い。時折先端が白い毛だったり、全体に白い尻尾の狐獣人もいるが、九割以上は茶色だった。猫のように長さが違う尻尾は滅多になく、ほとんどが地面につくスレスレの大きさだ。
抱きついて感触で気付いたなら、優秀な方だった。もしかしたら、犬獣人の嗅覚で「妻と違う」ことに気づいたのかも知れない。
「ルカが構わないのであれば、私が口を出すことではありません。片付けもお疲れ様でした。これから朝食をどうでしょうか? もちろん家族一緒で」
家族と表現されたことに頬を緩め、ルーサルカは義父と腕を組んだ。転移を使うことなく歩いて移動する大公アスタロトの姿を、遠くで見つけたベルゼビュートが目を手の甲でゴシゴシ擦る。
「うっそ、幻を見ちゃったわ」
ぶるりと身を震わせ、夫エリゴスの毛皮に顔を埋める。そのまま見なかったことにして、彼女は城下町へ遊びに出かけた。
魔王チャレンジ翌日は、一日飲んで食べて眠って過ごす。彼女はそう決めていた。
偶然にもそれは魔王一家も同じで。ルシファーは朝日の眩しさに目を覚まし、指先をすっと横に動かす。途端にカーテンの隙間がぴたりと閉じた。入り込んでいた朝日を遮断し、欠伸をひとつする。
腕枕したのは、可愛い娘イヴ。その隣で妻リリスに抱っこされたシャイターンが、すやすやと眠っていた。家族の穏やかな寝顔を確認し、ルシファーも目を閉じる。
魔王城の外はテントを張って楽しむ魔族の声が響くが、私室は音を消す結界を張っていた。今日はリリスや子ども達の気が済むまで眠り、夕方になっても構わない。そう考えていた。
なのに。
騒動はこちらの予定を無視して訪れるもの。待って欲しいと願って、明日にしてくれと望んでも、勝手にやって来る。
「陛下、失礼しますよ」
結界が音を遮断すると理解するなり、破壊する勢いでベールは己の結界をぶつけた。実際のところ、破壊されなくても振動や衝撃は訪れる。びくっと肩を揺らし、不満げな表情でルシファーは身を起こした。
まだ眠る家族に未練を残しながら、絶対に別の日に休暇をもぎ取る決意をして、扉の向こうへ転移した。