513.娘と息子は見てなかった?
幼い外見で戦うレラジェを侮る者はいなかったが、健闘を讃える理由になる。短い手足は戦闘において不利な要素だった。魔法だけで戦うなら関係ないが、今回のレラジェは剣術との組み合わせだ。
手足は長いほど有利で、ましてや魔王ルシファーの武器はデスサイズだった。届く範囲が大きい分、叩きつけた剣が裾を切り裂いた功績は誰もが認める。
「立派だったぞ」
「うん! 嬉しい」
素直に嬉しいと表現するレラジェの髪を乱暴に撫でる。駆け寄ったリリスが飛び付いた。
「凄かったわ、カッコいいじゃない! リリンにも報告しましょうね」
一時期は姉のように慕い、今は義母の関係にあるリリスは、レラジェを強く抱き締める。おずおずと手を背中に回したレラジェは、ぼそぼそと小声で感謝を述べた。どうやら照れているらしい。
「リリス、イヴ達は?」
「ヤンのところよ」
預けて来たと告げる妻に、ルシファーは慌てて所在を確認した。イヴはヤンの毛皮に顔を埋めて、狼吸いの真っ最中。両手がわきわきと毛皮を揉んでいる。シャイターンはロアに包まれて眠っていた。
「もしかして……見てなかった?」
娘も息子も、全然見ていない。ショックを受けたルシファーだが、リリスがくすくす笑いながら教えてくれた。ずっと夢中になって、レラジェとの戦いを見ていたらしい。食い入るように見た後、そっぽを向いたのだとか。
「きっと恥ずかしくなっちゃったのよ」
嬉しくなったルシファーが笑顔を取り戻したのを確認し、アスタロトが口を挟んだ。
「ルシファー様、そろそろ始めたいのですが」
「あ、ああ。そうだな」
すっかり忘れていた。そんな顔だが、さすがに言えない。チャレンジ終了の気分だったルシファーは、アスタロトとベルゼビュートを交互に見た。
「ベルゼが先か」
「そうですね」
アスタロトが相槌を打つので、ベルゼビュートに向き直った。何やら不満がありそうな顔だが、戦うかと聞いたら大きく頷く。彼女が賭けに負けた話を知らないルシファーは、怪訝そうにしながら背の翼を広げた。
「タイミングは任せる」
「では、今回は双剣で」
気持ちを立て直したベルゼビュートは、一瞬で着替えを済ませた。肌の露出が多いドレスに着替える。精霊族にとって、肌は最高の魔法媒体だった。大気に満ちた魔力を感じ、気配を読んで戦いに利用する。
それを除いても、ベルゼビュートが露出を好む理由があった。精霊は服を着る習慣がないのだ。己の魔力を形にして服のように纏うことはある。だが絹や綿で作られた衣服を着るのは、ここ一万年ほどの習慣だった。
他の種族と交流するにあたり、裸は問題があると判断されたのだ。さすがに人前では服を纏うベルゼビュートも、精霊が集う森に戻れば衣服は放り投げていた。まあ、今も大差ないらしい。
大きくスリットが両側に入ったスカートはタイトで、ぴたりと体に張り付く。首や胸元はぴたりと布で覆っているが、脇は大きく抉れていた。大きな乳がこぼれ落ちそうに見える。
「ベルゼビュート様、頑張って!」
「そのお姿素敵です」
人々が歓声を上げる。意外なことにベルゼビュートは女性に人気が高い。胸の大きさに目を輝かせるのは若い男ばかりで、ある程度の年代は見慣れて新鮮さを感じなかった。
大公女やリリスが現れるまでは、最前線で働き戦うベルゼビュートは女性達の英雄だったのだ。それは今も同じだった。大歓声で送り出されるベルゼビュートが、左右に剣を構える。長剣を左手、短剣を右に握った。
「陛下、お覚悟!」
ばっと飛び出した彼女に、アスタロトが額を押さえた。




