509.瑠璃竜王の力の一端
降ってくる攻撃をすべて弾き返したため、ルシファーの周囲は酷い有り様だった。大地はささくれ立ち、風によって突き立てられた剣や氷が散乱している。高温で舐めた大地は光を反射し、火傷のような痛々しい姿を晒した。
ドン、とデスサイズの柄を突いたルシファーがにやりと笑う。これで終わったかに見えたが、じっと見ていたベールとアスタロトは気づいた。次に反応したのはベルゼビュートと翡翠竜だ。己の結界越しの違和感に、ルシファーも眉を寄せた。
「遅い! いくよ」
ルキフェルの号令に近い声に反応し、ルシファーの周囲に魔法陣が踊り出す。巨大な魔法陣が回るが、その文字や円を構成するすべてが、小さな魔法陣を構築していた。
「僕の最高傑作、発動!」
ルシファーの背後や足元に残った攻撃跡が、魔法陣を構成するパーツだった。青白い光を放つ魔法陣は、ルシファーの姿を隠すように取り込む。
「綺麗ねぇ」
感心したような声を上げたのは、リリスだった。イヴも大きく頷く。レラジェは「うわぁ」と呟き、顔をしかめた。
「これは派手なのが来るわ」
防御に特化したベルゼビュートの結界が、ふわりと展開した。大掛かりなルキフェルの魔法陣の発動とほぼ同時だ。民を守るより、ルシファーとルキフェルの二人を隔離した。これで何か起きても、内部でケリがつくはず。
「ベルゼビュート、これでは戦いが見えなくなります」
ベールに指摘され、慌てて結界を拡大した。狭い領域を囲えば、粉塵や煙で覆われてしまう。それでは魔王チャレンジの醍醐味が失われるからだ。彼女もこの戦いを楽しんで観戦しているのだから。
多少の犠牲が出ても、それは前で観戦した者が悪い。自衛できないなら、後方で見るべきなのだ。自己責任の考えが徹底された魔族では、当然の対応だった。
「打ち返される角度を計算しての、二段構え……ルキフェルらしいですね」
アスタロトは唸りながら、同じことが出来るか計算を始める。だがすぐに首を横に振った。ここまで緻密な計算を重ね、ルシファーの動きまで見通すくらいなら、そのまま次の攻撃をした方が楽だ。そう割り切って苦笑いを浮かべた。
「決着がつきます」
ベールがやや低い声で呟き、じっと目を凝らした。光と煙、塵に覆われた魔王が姿を現す。空中で結果を待つ瑠璃竜王は、水色の瞳を瞬いた。
「我が身に傷をつけたこと、誠に見事な腕前だ!」
ルシファーは、己の頬や腕に残る傷を隠さない。動けなくなるようなケガではないが、結界を貫かれた証拠を堂々と晒した。自己治癒が働いて、傷が薄くなる。
「うん、ありがとう。僕も満足した」
ルキフェルはするりと人化した。背に羽を残したまま、ツノや爪は消し去る。勝敗はついたと、自ら幕を引いたのだ。
「ここまでやって、膝を地につけられないのかぁ」
残念と笑うルキフェルは、すっきりした様子だった。リリスが手を叩く音が響き、一斉に拍手と喝采が贈られる。地上に降りたルキフェルの頭を撫でたルシファーは、デスサイズに体重を乗せた。まるで杖のように寄りかかり、溜め息を吐く。
「本当に出し切ってきたな。久々にヒヤリとしたぞ」
最高の褒め言葉だと受け取り、ルキフェルも笑顔を浮かべた。
「次は、アラエルか」
申し出た順番通り、鳳凰が前に進み出る。いつも背に乗せて運ぶピヨは、じっと彼の背を見送っていた。
「魔王陛下、胸をお借りします」
「鳳凰との戦いは一万年振りか? 期待している」
アラエルはオレンジと赤に彩られた翼を大きく広げ、威嚇するように体を膨らませた。




