503.特殊性癖は見ないフリ
多くの民が集まれば、見世物としての娯楽が必要になる。ただ飲み食いするだけでは飽きられてしまうのだ。一部の魔族は狩猟大会を主張した。
「ワイバーンは大量に発生していますし、数を減らしてもいいはず!」
その主張も一理あるので、上限を決めて許可を出した。アスタロトから許可をもぎ取った巨人族は、大喜びで走っていく。実は大公達も最近知ったのだが、ワイバーンは嗜好品として巨人族に人気があった。
食べても美味しくないので、魔獣にあげるくらいしか使い道がないと思い込んできた。アスタロトやルシファーにしてみたら、驚きの新事実である。嗜好品と表現されるだけあり、お酒や煙草のような扱いなのだが……使い方がちょっとばかり刺激的だった。
ワイバーンを抱き枕にする、らしい。というのも、他種族では使用しないので誰も知らなかった。翼を胴体に巻いて、足を絡めたり腕で拘束して使う。数日したら、放逐するのが慣わしだとか。食べる習慣はなかった。
「なぜワイバーンだったんでしょうね」
「あれはトカゲと一緒で変温動物だったよな」
アスタロトの疑問に、ルシファーも首を傾げる。抱っこしたら温かいなら、まだ理由は分かる。だがひんやりした鱗の生き物なのだ。逆に体温が奪われるのではないか。
「もしかして暑い時期に使うのなら」
「いいえ、夏冬関係なく使用するそうです」
「……使用するって表現は問題かも」
ルキフェルも口を挟む。確かに生き物なので、使用する表現はマズイ。だが魔族ではなく意思疎通が出来ないので、ペットの犬を抱いて寝るのと同じと言われたら、その通りだった。
巨人族に悪気はなく、抱き枕として飼っている期間は餌も与えるし、昼間は日向ぼっこもさせるようだ。虐待しているかと問われたら、なんとも難しい案件だった。ワイバーンの中には、飼われる生活に慣れて戻ってくる個体もいるのだとか。
「まあ、迷惑をかけない範囲はいいんじゃないか」
魔族はそれぞれ特徴や習性が異なる。それを咎めていたら、皆が殺伐とするだろう。とにかく増えすぎたワイバーンは、巨人族が対応してくれるなら任せよう。捕まえてもいい上限を決めているから、大きな問題も起きない。
「あ、そうそう。さっき魔王チャレンジ希望者が出たよ」
「ん? 即位記念祭以外では久しぶりだな。誰だ?」
「大公女達が参加したいってさ。あと僕も参加するよ」
ルキフェルはからりと笑って、立候補した。大公女達はおそらく四人か。全部で五人でいいのかと思ったら、思わぬところから手が上がった。
「私もやりたいわ」
リリスである。皆と同じ娯楽を楽しみたい、そんな口調だがルシファーは首を横に振った。
「悪いが、リリスは無理だ」
「どうしてよ」
「リリスに向けて攻撃する気はないし、攻撃されても避けない。勝負にならないだろ」
「全部結界で防げばいいじゃない!」
「……オレ相手に本気で攻撃できるか?」
「無理よ」
あっさり前言撤回。リリスの参加はその場で見送られた。もし参加していたら、魔王が負けて退位し、その場で新しい女王の誕生が宣言されたかも知れない。安堵に胸を撫で下ろすルキフェルの隣で、アスタロトは冷や汗を拭った。
もし、この対戦が現実になれば大変な事態を招く。そのくらいなら、対峙した二人を影に引き摺り込んで、一人勝ちしてでも切り抜けるつもりだった。実行する前に諦めてくれて良かったですね。
言葉にしなかったが、察したルシファーの顔が引き攣る。一方、リリスは「私って愛されてるわ」と周囲に惚気まくった。間違っていないので誰も否定しないが、やや方向のズレた魔王妃の浮かれっぷりに、周囲は肩を竦めて賛否を避けた。




