486.言い争いは早めに離脱が吉
子どもは歩き始めると、途端に騒ぎを起こす。立ち上がって転んだり、どこかへ落ちたり、はたまた予想外の能力を示したり。イヴはこの頃、魔力無効化を発現した。
シャイターンも特殊な能力があるのではないか。
意味不明なことを言いながら、ずっと離れない父親をシャイターンは便利に利用した。抱っこをせがんで歩かず、欲しいものを口にして出してもらう。
「ルシファーが便利に使われてるわ、我が子ながら許せない」
ムッとした口調で語るリリスに「いいじゃないか」と笑ったが、すぐに反論された。
「いいわけないじゃない! ルシファーを利用するのは私だけでいいの」
「利用している自覚はあるんですね」
書類を回収するアスタロトにぼそっと突かれ、リリスは視線を逸らした。自覚はあるが、改善する気はない。
表情と態度で示されても、魔王ルシファーは笑顔だった。何しろ、妻と息子に取り合いされるなんて、オレは愛されていると感激していたのだから。周囲が生ぬるい視線になっても、本人が幸せならいいのだろう。
「あのさ、僕のあげた書類確認した? 承認してくれないと進められないんだけど」
ノックしたが返答がないので、勝手に開けたルキフェルがぼやく。腰に手を当てて眉を寄せる美青年は、水色の髪をかき上げた。最近は切った髪の処理が面倒だと伸ばしっぱなしだ。
動きやすい服装だが、シミひとつない白衣を羽織っている。
「ねえ、聞いてる? 僕の出した書類!」
「あ、ああ。探す」
「これですよ」
さっとアスタロトに差し出されたのは、研究の許可を求める申請書だった。目を通して問題ないと判断し、署名する。返しながら、一応注意した。
「爆発する可能性があるから、洞窟とかでやるなよ」
「分かってるって。ちゃんと開けた場所でやるから」
書類をもらうなり、笑顔で出ていった。見送ってから、ふと気づいて首を傾げる。
「結婚はまだ先か」
「あなたやベルゼビュートが伴侶を見つけるのに八万年ですよ? 彼はまだ若いですからね」
寿命的に数万年生きると思われるので、急ぐ必要もないだろう。納得したルシファーは大きく頷いた。何しろまだ保護者のベールが面倒を見てくるくらいだ。外見は竜体に見合う年齢に成長したが、中身はまだまだ幼い。
あと数万年は独身でも構わないのだ。竜族は番を見つけると変わる。かつてのアムドゥスキアスのように。番絡みで暴れて、ルシファーの守る魔王城を半壊させたのだから。思い出してしんみりした後、ルシファーはアスタロトへ文句をつけた。
「さっき、オレとベルゼを一緒くたに語ったが、全然事情が違うぞ! ベルゼは婚活しても相手が見つからなかった。オレは探す必要がなかっただけだ」
胸を張って主張した後ろから、ベルゼビュートが声を掛けた。
「わたくし、そんなに飢えてませんわよ。この美貌ですもの」
豊満な胸を強調する。リリスがムッとして唇を尖らせた。ルシファーはだんまり。そこへアスタロトが火に油を投下した。
「美貌と豊満な曲線美を誇りながら、ずっと振られ続けた原因は性格でしょうか」
「アスタロトにだけは言われたくないわ」
「おや、私はあなたと違い十八人も嫁がいますよ」
見苦しい言い争いに、ルシファーは戦線離脱した。ここに残れば巻き込まれて、要らぬ心の傷を負う。
「ルシファーも胸はこう……大きいのが好き?」
「いや、リリス以外の胸に興味がないので分からないな。オレにとって、リリスが最高だ」
キリッとした顔で、嫁を褒めて逃げる魔王。魔族の世界は今日も平和なのかも知れない。




