476.あなたが容疑者なのです
「失礼します。ご報告……っ!」
入室したのはサタナキア将軍だった。慌てて回れ右して帰ろうとするが、ルシファーに呼び止められる。
「いま、オレを見て帰ろうとしなかったか?」
「全員お揃いなので、重要な会議中でしたら後にしようかと」
「報告があるのに?」
「急ぎではございません」
頑なに誤魔化そうとするサタナキアだが、やはりルシファーを見ない。
「構わん、報告しろ」
命令されれば、断れない。魔王軍の総指揮官はベールだが、事実上の最高指揮官は魔王ルシファーなのだ。軍属である以上、命令に逆らう権限はサタナキアになかった。
「……行方不明者の捜索ですが、犯人と思わしき人影の目撃情報が、またしても一致しました。見間違えではございません。対策をお願いいたします」
最低限の報告だけを済ませ、頭を下げて反応を待つ。ルシファーは無言で腕を組み、視線をルキフェルへ向けた。
「サタナキア、ご苦労だった。下がって良い」
ルシファーの許可が出て、彼はそそくさと執務室を後にした。ルシファーに内緒で話を進めることに関し、将軍であるサタナキアに命令できるのは……大公だけだ。
「だから僕は嫌だったんだよ、もう!!」
癇癪を起こしたルキフェルがそう言い放ち、あっさりと状況を説明し始めた。隠し事が苦手な性分に加え、自分が主犯のように問い詰められる状況が気に入らないのだろう。
「ルシファーの指摘通り、獣人の行方不明事件を隠してたよ。行方不明になったのは、現時点で五人」
片手を広げて人数を示したところで、溜め息をついたアスタロトが口を開いた。
「仕方ありません。ご説明は私が行います。悪かったですね、ルキフェル。ベールも帰っていいですよ」
「……あたくしは?」
「帰って構いませんが、そもそもベルゼビュートは無関係でしょう」
苦笑いするアスタロトに指摘され、やっぱり残るとソファーに腰掛けた。面倒だから関わりたくない反面、自分だけ知らないのも癪に障るのだ。
「ルシファー様、ソファーに座りませんか」
むっとした顔で腰掛けたルシファーだが、組んだ腕は解こうとしない。気に入らないと態度や表情で突き付ける主君に、アスタロトは覚悟を決めた。
「実は……ルシファー様が容疑者になっているのです。それで事件や事情の説明を伏せさせていただきました」
「は?」
「容疑者……」
不満の顔が一転、ルシファーは間抜けな声を上げて固まる。ベルゼビュートも単語を繰り返した唇を、慌てて手で覆った。いけない言葉を発したと言わんばかりの態度だ。ちらちらとルシファーの表情を窺った。
「行方不明者はすべて獣人。猫獣人が二人、残りは虎、熊、兎です。全員、魔の森に立ち入ったことが確認されています。問題はその際、白い人影が同行していたことです。証言は複数人から上がり、誰もが口を揃えて断言しました――顔は見えませんでしたが、『魔王陛下のような純白の長い髪』だったと」
ベルゼビュートは「うそぉ」と呟いて、またもや己の口を手で覆った。疑いの眼差しを受けながら、ルシファーは考え込む。当然、心当たりはない。魔王と見間違うほどの純白……心当たりがなかった。一番近いのは銀髪のベールだが、髪の長さが全然違う。
「長かったんだな?」
「はい。長身で膝下まで伸びていたようです」
淡々と説明するアスタロトは、無表情だった。魔王ルシファーを疑っているとも、逆にまったく関係ないと信じているとも取れる。いや、完全に信じていたら相談したはず。ルシファーは溜め息を吐いた。
「オレじゃないぞ」
「さあ、どうでしょうね」
肯定しないアスタロトの口元に、笑みが浮かんだ。




