459.赤身の刺身 vs 魚肉ステーキ
浜焼きバーベキューと名付けられたお祭りは、いつも通り盛況だった。魔王城が主催するイベントは、常に満員御礼である。そんな中、ルシファーは危機に立たされていた。
「これは生で食べる魚なんだ。こういう調理方法なの!」
「いいや、絶対に腹を壊すに決まってる」
日本人アベルと料理長イフリートの戦いである。舌戦なので放置してもいいのだが、うっかり通りかかったルシファーは巻き込まれた。
「魔王様はどう思うんだ?」
「そうだ、陛下の意見を聞こうじゃないか」
両者に挟まれ、一から説明を聞く。喧嘩両成敗だが、状況を理解してから判断するべきだろう。普段と同じ公平さが、悪い方向へ働いた。
海の民が持ち込んだ回遊性の赤身魚の調理方法である。正直、面倒だから焼いて食べればいいじゃないか、と思う。だが個人の嗜好で、イフリートの味方をするのは気が引けた。
「……試してみるのはどうだ?」
提案したのは、両方作って並べる。それを数人の有志が食べ比べ、評価すればいい。もし腹痛が起きても、精霊女王のベルゼビュートがいれば問題ない。即死と寿命以外なら助かるだろう。
危険回避の方法までつけて提案したので、立候補者は六人現れた。七人目にルシファーが指名されたのは、本人にとって予想外だ。
「オレもか」
「当然じゃないっすか! 民に率先して何ちゃら、言ってましたよね。そもそも奇数じゃないと、結果が出ないっす」
アベルに詰め寄られ、微妙な笑みを浮かべて頷く。確かに奇数でなければ、割り切れてしまう。半数ずつに意見が分かれる可能性を考慮すれば、最初から奇数にするべきだろう。
断りきれないのがルシファーらしい。ちなみに残りのメンバーは、興味津々のルキフェルを含んでいた。リリスは手を挙げたが却下される。ルシファーに何かあれば、魔王代行がリリスになるのだ。危険は分散すべきだった。
「私も食べたかったわ」
「安全が保障されたら食べられるから」
慰めて、用意されたテーブルにつく。いつの間にやら侍従達が並べたようだ。中央がルシファーで、左にルキフェル、右はドワーフの親方が座った。すでに目が据わっているので、かなり飲んでいる。
残る四人は、種族もバラバラだ。海を代表して、生で食べたい派の人魚。テント組み立てに尽力した魔王軍からサタナキア将軍、魔獣代表でヤン、翡翠竜と卵をバッグで運ぶレライエだ。
「ライ、安心して。絶対に助けるから」
「アドキス、そういう遊びじゃないぞ」
竜人族のレライエや竜族のルキフェルは、好奇心旺盛な種族だ。初めての生魚に興奮していた。ヤンは川魚を生で食するため、海の魚でも平気だろうと欠伸しながらの参加である。
「頑張れ!」
「私が赤身魚の安全性を広めてみせる!!」
海の民からの応援に、ぐっと拳を握る人魚は、気合十分だった。サタナキア将軍は顔色が悪い。どうやら寝不足で判断力が鈍ったところを連れてこられたらしい。
「これが刺身だ! 食え!!」
イザヤとアンナが四苦八苦して形にした刺身を、堂々と並べるアベル。テンションが上がり過ぎて、言葉遣いをアスタロトに叱られた。魚を並べ終えるなり、説教が始まる。その声を聞きながら、ルシファーは生魚をじっくり眺めた。
「刺身……」
初めて聞く単語を繰り返し、ここは最初に毒見するべきだろうと口に入れる。フォークで刺した魚は黒い液体に濡れていた。特有の生臭さが広がるが、意外と食べられる。特に異常も感じなかった。
「うん、食えるぞ」
もう一切れ食べて証明すると、すでにルキフェルは食べていた。皿の上はすでに空で、目が輝いている。それはレライエも同じだった。分けてもらったようで、バッグから顔を覗かせる翡翠竜が笑顔を見せる。
「俺の料理を食ってから判断してくれ」
そう言って差し出されたのは、バターの香りがする魚肉のステーキだった。




