457.リリンは森の眠りを守る者
突然揺れが止まれば、地震に合わせて横揺れした力が余る。一瞬で大惨事になった部屋へ、リリンはのそりと顔を出した。
「……おはよう、ルシファー、イヴ、シャイターン、リリス」
リリスとよく似たリリンは、寝起きだと示すように伸びをする。魔法で部屋を片付けるルシファーが「よい眠りだったか?」と尋ねた。
「ええ、とても」
そう話すリリンの手足は、木の根と同化している。繋がっていると表現するより、腕の先から根が生えたような状態だった。本来、リリンは形を持たない。森そのものが彼女だった。
母なる森が個体として分離したリリンは、目覚めたことで魔の森に溶け込む。
「楽しかった」
分身である娘が大切なルシファーと結ばれ、子どもを産んだ。それはリリン自身が幸せになるより、重要な出来事だ。
「また……数百年後に」
眠る時期が来たら、リリンを作って会おう。そう告げて、彼女は一本の若木になった。人の形をしていた面影はない。
「……リリン?」
「ルシファー、呼ばないで。魔の森がお母様そのもの、数百年後に森が眠りにつく頃、きっと顔を見せてくれるわ」
説明された事実に呆然とした。眠りの時期が近づいたので、余った魔力で人型を作る。ルシファーと交流するためだけに、彼女は無理を重ねた。それだけ目覚めは遅くなるはずだったが、海が合流する。
魔の森の領域は広がり、魔力を大量に取り入れた。以前に亡くなった神龍の長老モレクを始めとし、多くの魔族の魔力も吸収している。人族が絶えて、森を侵食する害虫が消えたことも大きかった。
「数百年か」
長いと感じるか、短いと思うか。八万年を生きるルシファーをしても判断できない。だが……ふわりと微笑んで、若木に声をかけた。
「オレの大切なリリスを産んでくれてありがとう、リリン。また声をかけてくれ」
眠りにつく前、微睡の時間になったら呼んで欲しい。その願いに応えるように、風もないのに若木は枝を揺らした。
「というわけだ」
「はぁ……」
説明されても理解しづらい状況で、リリスは結論だけ突きつけた。
「魔の森は目覚めたの。だから森に魔力が満ちるわ」
アスタロトは詳細を聞き出すことを諦め、最低限必要な情報に頷いた。重要な話だったので、共有する必要がある。
「魔獣へ出していた支援を終了できそうですね」
魔の森の魔力が減ったことで、一時的に魔物や動物の数が減った。餌が減れば、魔獣の生存に関わる。過去に狩った魔物を渡すことで補っていたが、この施策の終わりが見えた。
他にもいくつか終了できる施策がある。それらを纏めて記載し、文官達のいる階下へ回すようベリアルに頼んだ。
「そういえば、魔の森が目覚めましたわ」
精霊女王であるベルゼビュートはさすがに敏感だ。報告書の提出に現れ、ベリアルとすれ違った彼女は、室内でリリスを膝に乗せる魔王に声を掛ける。
「ああ、さっき会ってきた」
「そうなんですのね。出産ラッシュが来たから、そろそろだと思いましたわ」
言われて、アスタロトも気づいた。出産ラッシュの直後に、魔の森が活性化するのだ。目覚める前の森が吐き出す魔力で子が生まれやすくなり、目覚めて豊かになった森が子を育む。そう考えれば、納得できる現象だった。
「そういう仕組みだったんですね」
統計をとれば分かっただろうが、特に気にしたことはなかった。アスタロトは知り得た情報を書類に記した。後でルキフェルに渡して、きっちり魔王史に纏めてもらわなくてはならない。
「世界はまだまだ安泰よ」
シャイターンをあやしながら、リリスは笑った。




