454.方向音痴な魔王妃リリスの追跡
魔力を終着点に設定したアムドゥスキアスは、震えながら足の下を見つめる。これって魔王妃リリスが水没したってこと……でいいのかな?
「良くない! 潜るべき? でも海は怖い」
翡翠竜は小型のサイズから元に戻り、ごくりと喉を鳴らした。覚悟を決めて飛び込むべきだろう。危険があるといけないから空気を入れた膜を作り、それごと飛び込んだらどうか。
忙しく考えを巡らせ、結界ごと海へダイブした。が、中に空気の入った結界の膜は、ぷかりと上に浮いてしまう。もっと空気を減らすか、または魔力を使って無理やり沈めるしかなかった。
「早くしないと」
焦るアムドゥスキアスは、覚悟を決めて魔力を放出した。
その頃、ルキフェルは真っ暗な海底で困惑していた。リリスの魔力で、位置をピンポイントで絞り込む。そこへ転移したら、リリスとシャイターンが海底にいたのだが……。
「リリス、何してるの?」
「足が取れないのよ」
普段からルシファーの張る結界に守られた彼女は、困ったと苦笑いする。転移座標の指定を失敗すると、稀にこんな現象も起きる。足が岩の中に転移したのだ。ここで結界を張っていないと足がなくなる。幸いにして魔王の結界は強度抜群で、妻リリスの足を保護していた。
もう一度転移するか、破壊するか。見上げた岩のサイズは、青年姿のルキフェルの身長と同程度だ。ならば壊すほうが安全だろう。ルキフェルはそう判断し、海中でドラゴンの姿に戻った。ブレスを吐こうとして、動きを止める。
「威力が半減しちゃうかも」
「いいのよ、それで。全力で放ったら私の足が溶けちゃうでしょ」
「ルシファーの結界だから大丈夫だと思うよ」
魔王の結界を貫くブレスは無理だ。会話している間に、上から球体が降りてきた。
「あ、魔王妃様を見つけた!」
元気いっぱいに近づいて来るのは、翡翠竜入りの巨大風船だ。結界の膜の中に、つるんとルキフェルとリリスを取り込んだ。シャイターンは大人しく眠り続けている。
「どうしたの? アドキス」
「魔王妃様が行方不明になったから保護してくれと頼まれたんです」
「え? そんな話だっけ? リリスを保護……追跡じゃなかったっけ」
当初の目的をすっかり忘れていたルキフェルが苦笑いする。帰ろうと提案されたリリスは、首を横に振った。
「ダメよ、ルシファーについて行くんだもの。もし泣いていたら可哀想じゃない」
「……それはそれで見てみたいかも」
ルキフェルの呟きに、翡翠竜は俯いた。同意したい気持ち以上に、自分が妻レライエに拒まれたらと想像してしまい、悲しくなったらしい。
「じゃあ、ルシファーを目印に飛ぶよ」
魔法陣を海底に描く。周囲の海流を操り、アムドゥスキアスが魔法陣の上に結界を移動させた。ぺたんと地に足をつけ、半円形になった結界が光に包まれる。次の瞬間、結界が消えて空洞になった場所へ海水が流れ込んだ。ぼこぼこと海上へ向けて空気が昇っていく。
ルシファーの魔力を終点にした魔法陣は、四人を海底から転移させた。
「すごい、一度で来たわ」
「リリスは魔法じゃなくて、魔法陣を覚えるべきだね」
もっともな指摘をしたルキフェルは、妹のような存在である魔王妃をルシファーの方へ押し出した。直後、感動したルシファーにリリスとシャイターンは抱き締められる。間一髪だった。
「……アスタロト大公閣下のご命令は何でしたっけ」
「捕獲や連れ戻しじゃないよ。追跡だけ」
「では任務完了でしたね」
にこにこと笑う翡翠竜に頷き、ルキフェルはアスタロトへ発見の一報を入れた。返事は「このまま魔王の護衛を頼む」である。承諾したところへ、再び連絡が入った。
「アムドゥスキアスは仕事があるので、戻ってください」
災害復旧の担当者が休めるのは、まだまだ先になりそうだった。




