399.ヤンが片付くとピヨが大惨事
結論から言うなら、ヤンは褒美をもらった。咥えて持ち帰った獲物が、新種の魔物だったのだ。背中のイヴにケガはなく、ご機嫌だったことも判断基準だった。
「ママ、これ」
イヴがリリスに差し出した薬草は、庭師のエルフ達に預けられる。すぐに煎じて運ばれてきた。翌朝には痛みから解放されそうで、リリスの気持ちが上向く。すべてが順調に回った。
これらの事象を突き詰めると、薬草探しに出かけたヤンの功績になる。ルシファーに手放しで褒められ、ヤンは恐縮ししきりだった。一族滅亡させられる、と心配したのが嘘のようだ。
「ヤン、また行こうね」
にこにこと笑うイヴに「はい」と返事をしながらも、ヤンは二度と二人きりで出かける気はなかった。やはり主君である魔王が一緒の時がいい。何かあっても、自分では守ってやれないかも知れないのだ。獣相手なら負けないが、魔法が使える種族なら事件だった。
体力は余っているが精神的な疲れで、ヤンは早々に場を辞した。てくてくと歩いた先から、青い巨大鳥が走って来る。立派な翼があるし、空も飛べるくせに走る鸞を追いかけて鳳凰が舞う。
瑞鳥と称されるのに、アラエルもピヨも貫禄や威厳がまったく感じられなかった。勢いそのまま突進するピヨを、ひょいっとかわす。つんのめって転がるピヨは懲りずに飛び上がり、ヤンの背に乗った。
「ママ、ご飯取りにいこ」
「今日はアラエルと行ってこい」
魔王城から支給の食事がある。疲れた今日、無理に狩りに出なくてもいいだろう。そう考えたヤンは、背のピヨを無視して歩き出した。とにかく休みたい。できれば一人で、ゆっくりと。
取りつく島のないヤンの対応に、ピヨは不満だと背中を突いた。慌ててアラエルが舞い降りて爪で掴み、飛び上がる。と同時に、振り返ったヤンが唸った。間一髪だ。機嫌が悪そうだと感じたアラエルは、ピヨの暴挙に焦っていた。
「母上殿、申し訳ない。ピヨには言って聞かせる」
う゛ぅ゛……鼻に皺を寄せて本気で威嚇するフェンリルへ、ピヨは半泣きだった。ピヨが攻撃されない距離へ舞い上がったアラエルは、番の機嫌を取るために火口へ向かう。ママ、ママと泣くピヨの声が聞こえなくなる頃、ヤンは大きく肩を落とした。
大人げない。ピヨはまだ赤子も同然、八つ当たりをしてしまった。今日の我は森の獣王だった誇り高いフェンリルではない。とぼとぼと歩き、城門裏の部屋に入った。基本的に魔獣であるフェンリルは、風呂やトイレなどの設備が不要だ。自分で加工して料理することもない。
部屋はふかふかの藁が敷き詰められ、上にシーツ代わりの布がかかっていた。ルシファーから賜った絨毯が敷かれ、リリスが用意したクッションもある。それらを前脚で整えて、くるんと丸まった。
休んで、明日はピヨに謝ろう。そんなフラグを立てながら、ヤンは夢の世界へ旅立った。
その頃、アラエルは爪の先で燃え上がる番に困惑していた。ヤンに叱られて火口へ向かったのだが、手前の森上空で炎の球になっている。落とすわけにいかず、そのまま火口まで飛んだ。鳳凰でなければ、一緒に火だるまになる状況だ。
「ピヨ……」
「わーん、ママのばかぁ」
大声で泣き喚くピヨを、そっと火口の淵へ降ろす。が泣きながら、飛び込んでしまった。燃え盛る炎の海で、ピヨの青い羽は目立つ。ピンクの魔力は見えないが、青い羽をアラエルは目で追った。
「……あれ?」
途中で見失ってしまい、大急ぎで火口に突っ込む。中に潜ったりして探したが、見つからなかった。鳳凰という種族は、何度も燃え上がり復活する。その再生能力はずば抜けていた。
火口で燃え尽きるはずがない。なのに見つからない状況に焦り、アラエルは仲間に救助要請の悲鳴を放った。




