384.イヴは白い獣が欲しい
「帰り道で新種の動物を見つけたぞ。ヤンが踏み潰すところだった」
そんな報告を受け、ヤンはルキフェルに連行された。詳しく事情聴取され、ルキフェルは浮かれて新種探しに向かう。どうやら自分で直接見たいらしい。
「我が君、恨みますぞ」
「踏まなかったんだからいいじゃないか」
人身御供に差し出した自覚はあるので、ルシファーの歯切れが悪い。だがこのうっかりしたルシファーの発言で、新種の統計調査が行われることになった。各種族から情報が寄せられ、まとめたり調整した結果……思わぬ答えが提示された。
新種魔族8、先祖返り6。これだけでも二万年単位の偉業である。新種の魔物は11種、動物に至っては区別が付かないが推定50種ほど増加した。
「ちょっと多すぎるだろ」
「人族から回収できた魔力が、それほど潤沢だったのでしょう」
淡々とした口調でアスタロトが笑った。潤沢で豊富な魔力は、本来魔族や魔物に還元されるべきものだ。異世界から勝手に現れ、好き放題に魔力を無駄遣いした人族が消えれば、当然種族が増えたり全体数が増えるだろう。ここで、ベールがもっともな疑問を口にした。
「魔力のない動物が増えるのはなぜでしょうか」
魔力を持たないはずの動物が、50種近くも増えた。だが彼らは魔力に影響されない。もし魔力によって増減を繰り返すなら、魔物に分類された。
「多分だけど、森が豊かになったからかな」
戻ったルキフェルは、説明を始めた。まだ仮説段階だというが、ほぼ間違いない。
魔族や魔物が増える原因となった魔力の飽和は、魔の森の木々にも影響を与える。森が広がり、やがて内側で魔力を循環させ始めた。木の実を多く実らせたり、木々が甘い樹液を供給したり。多様性のある生き物が現れたのは、それらの餌が豊富にあるから。
言われてみれば、その通りだった。餌があれば動物が現れる。違う種族で子を成したのかも知れないし、森が望んで生み出した可能性もあった。どちらにしろ、魔の森の意思なら受け入れるのが魔族だ。母なる森が育んだ新しい生き物は、等しく世界に受け入れられた。
「パッパ、白いの……飼う」
「あれはダメだ。魔王城においたら魔物になってしまう」
ぶぅ……唇を尖らせて不満を表明するイヴ。彼女は森でヤンが踏み掛けた白い動物に夢中だった。どうしても飼いたいと譲らない。ぬいぐるみや人形で誤魔化そうとしたが、無視された。よほど気に入ったらしい。
「どこにいるか分からないし、可哀想だろう?」
「かわいそくない」
イヴにしたら、一緒に暮らしたら楽しい。美味しいご飯と温かいお部屋、ふかふかの布団もある。きっと白い動物も楽しいはず。まだ幼いだけに、自分の知る世界が全てで、完璧だと思っていた。
「きちんと教育してくださいね」
アスタロトにちくりと釘を刺される。何か騒動を起こして大騒ぎになる前に、言い聞かせろと圧力をかけて来た。言い分は理解できるが、ちょっと気に入らないルシファーである。
「白いの!」
「イヴ、あの動物は家族がいる。無理に連れてきたら泣いてしまうぞ。イヴだってオレ達と別れるのは嫌だろう?」
「……家族、捕まえる!」
全員捕まえちゃえばいいじゃん。とんでもない子ども理論だが、聞いたアスタロトは微笑んだ。
「誰かさんにそっくりですね」
ベールは深く溜め息を吐き、「魔王種はバカばかりですか」と嘆く。いい加減失礼だぞ。ルシファーが口を開く前に、リリスが腰に手を当てて抗議した。
「親子なんだから、似てて当たり前じゃない」
いや、抗議ではなく同意だった。ぷっと吹き出したアスタロトに続き、ベールも声を立てて笑う。あまりに珍しい光景に「天気が心配だ」と空を確認するルシファーがいた。




