383.新種は魔族だけではない
すっかり機嫌の直ったイヴを抱いたリリスを、後ろからルシファーが膝に乗せる。くっついた親子はフェンリルの背に跨り、疾風のごとき走りを楽しんでいた。
「そろそろ着きますぞ、我が君! っ、うわぁ!!」
叫んだヤンが横っ飛びする。大きく振られたリリスを抱き込んで、ルシファーが宙に浮いた。イヴは襟を掴まれて、ぶらりと不安定だ。
驚いたイヴが泣き出した。慌てたルシファーが引き寄せる。魔法と結界で落ちないようにしたが、無効化を操るイヴは危険だ。リリスは自ら翼を広げ、ふわふわと魔力で飛び始めた。
「ヤン、無事か?」
「申し訳……ありません。蹴ってしまいました」
声が震えている。何かを蹴飛ばしたと顔色が悪くなった。太い左前足を浮かせ、ぎこちなく振り返る。
「何が」
首を傾げて、イヴの背を叩いてあやす。ヤンが何かを踏んだか蹴ったか。どちらにしろ、確認しないわけにいかない。
ひらりと舞い降りたルシファーは、泣き止んだイヴの口に飴をひとつ入れた。リリスの時もそうだが、甘い物は効果が高い。機嫌取りに最高だった。大きな飴を頬張ったイヴは、からころと口の中を転がす。そちらに気を取られ、泣いた原因を忘れてしまった。
「あ……生きてるか?」
覗いた足の下で、小さな生き物が丸まっていた。見た感じは何かの赤子らしい。動物か魔物か、もし魔族の子なら大事件だった。
「きゅぅ」
甲高い声で鳴いた丸い毛玉は、くるんと己を抱き抱える形で震える。イヴは飴を口に入れたまま、毛玉を指差した。
「ふぁっふぁ、ほひぃ」
欲しいと言われても、生き物なので許可は出せない。首を横に振り、毛玉をそっと撫でた。ヤンは小型化し、申し訳なさそうに伏せる。
「我が君、ケガの具合は……」
「おそらく怯えているだけだな。念の為、治癒魔法をするか」
治癒は一部の魔族にとって危険だ。しかし魔獣を含め、毛皮を持つ魔族や魔物は含まれない。動物なら尚更問題なかった。魔法の反応からして、かすり傷程度だった。
「大丈夫か?」
毛玉に声を掛ける。きゅぅ……と短い声が聞こえて、毛玉は顔を上げた。白い毛はふわふわと柔らかそうだが、魔力は感じない。どうやら魔物でもなく、動物らしい。
「動物だな」
「こないだのオコジョに似てるわね」
リリスがふふっと笑う。危機感のない彼女は、手を伸ばして抱き上げた。細長い姿や鳴き声は確かに似ていた。
オコジョだと判明したのは、アベルだった。動物園が好きだったと意味不明な説明の後、オコジョだと断言したのだ。聞いたことがない種族名だが、魔族も増えている今、動物や魔物の種類が増加してもおかしくないだろう。
「これはなんだ?」
「さぁ」
どちらにしろ、動物なら意思疎通は出来ない。魔力もないので、そっと放してやった。ケガも綺麗に治っている。白く細長い動物は、きゅぅと鳴きながら全力で茂みに飛び込んだ。
「あたちのっ!」
飼うと騒いだイヴも、見送ってしまえば諦めるしかない。幸いにも捕獲や拘束系の魔法は発動出来ないので、悔しそうに顔を歪めて泣き出した。再び口に飴を入れて、誤魔化そうとするが……その飴をリリスが取り上げる。
「ダメよ、そういう誤魔化しの子育ては失敗するんだからね」
腰に手を当てて、ふわふわした翼を広げて力説する。リリス曰くの失敗子育てを受けた本人は、得意げだった。どこかで聞き齧ったようだ。ルシファーは肩を竦め、リリスの好きにさせた。
「うわぁああ! あたちのぉ!」
今度は飴を奪われたと泣くイヴに根負けし、リリスは結局飴をイヴに返す。泣く子には魔王も勝てないのだから、当然の結果だった。




