378.先祖返りと新種族の増加
育児に必要なオムツやミルクの手配に加え、出産祝い金を出す。魔王城の予備費は、あっという間に激減した。枯渇しなくてよかったと苦笑いする。
実際には、魔王城に蓄財された資産はもっと多かった。だが毎年組む予算の中で、工面している。緊急事態が日常的に起こる魔族なので、当然予備費は多かった。使い尽くして、過去の遺産に手をつけずに済んだのは、幸運だろう。
過去の遺産は、基本的にルシファーが作った亜空間に放り込まれている。普段使う収納とは別に、巨大な収納を持っていた。複数の収納を所有し、使いこなすのは現時点でルシファーのみである。
「大変です。先祖返りが出ました!」
「アスタロトに確認と登録を頼め」
ルシファーは持ち込まれる仕事を淡々と振り分ける。その間も、器用に書類の処理を続けていた。印章を押して乾いてから署名を行う。その脇で、別の書類が署名を待っていた。
出産関係の嘆願書と感謝状が山と積まれ、処理され崩れていく。だがすぐにまた積まれた。疲れたルシファーが顔を上げれば、執務室の一角で丸まった毛皮が揺れている。丸くなり顔を隠したヤンだった。彼自慢の灰色毛皮を寝床にして、リリスとイヴがお昼寝中である。
気持ちとしては混じりたい。だが今休んだら、とんでもない量の書類に押し潰される未来が確定だった。しかもアスタロトが戻ってきている。サボったら、お説教では済まないだろう。
「アイツは罰と称して、リリスやイヴを遠ざけるから厄介だ」
「それは酷い人がいるものですね」
「ああ……っ!?」
独り言に返答があり、相槌を打ったルシファーが固まる。びくりと視線を向けた先に、追加書類を抱えたアスタロトが立っていた。愚痴の「アイツ」登場である。笑顔を引き攣らせながら、無かったことにしようと試みるルシファーは、当たり障りのない質問をした。
「アデーレの具合はどうだ? なんでも双子じゃないかと聞いたぞ」
「それが、双子では無かったそうです」
返事をしてくれたので、誤魔化せたと胸を撫で下ろす。意味ありげな笑みは見なかったフリでスルーした。
「ん? でも心音が複数あったんだよな」
「ええ。我々は耳がいいですから、聞き間違いはありません」
心音が複数あれば、心臓がその数だけある。なのに双子ではない? 首を傾げ、まさか……と尋ねた。
「三つ子だったのか?」
「いいえ。一人で二つの心臓を保有しているようです」
「……珍しいな」
稀に他の種族でも生まれるが、理由は様々だ。元が双子だったのに融合したり、逆に双子に分かれ損ねて一人で二つの心臓を持つ事例もあった。一度滅びて先祖返りとして復活した人狼族も、心臓は二つある。
「人狼族の息子アミーに、心臓が二つ確認されました。さらに彼が結婚した熊獣人の妻が、人狼を産んでいます」
「ああ、さっき先祖返り確定だと飛び込んだやつか」
「それは別件ですね。出生数が増えたことで、先祖返りの比率が高いようです」
アスタロトへ回すよう命じた案件とは別のようだ。過去にアミーの父ゲーデが人狼の先祖返りと判明していた。だが繁殖できる可能性が確定せず、種族としての認定は後回しにされる。その繁殖が確認された。
息子アミーの子、つまり孫に継承されている。認定の書類にぐっと印章を押し付けた。他にも兎の耳が羽になった種族や、空を走るペガサスに似た鹿が認定待ちに並ぶ。どうやら魔族は多種多様の枠をさらに広げるらしい。
「リリン様にお会いしたら伝えてください。種類を増やしすぎると管理できません、と」
「……話してはみる」
そっくりなリリスの性格を思い無駄だろうと思いつつ、二人はそんな会話を交わした。




