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38.オレの負けでもいいぞ

 槍や弓矢など遠距離攻撃を好み、血を浴びることを嫌うのがベールだ。魔法を駆使しての戦いであっても、己が汚れる戦い方はしなかった。真逆なのはベルゼビュートやアスタロトだろう。血を浴び肉を引き裂く二人は近距離での戦いを好む。


 槍で脇腹を抉られた傷は、すぐに消えていく。だが治癒を待つ気のないベールは、続けざまに攻撃を仕掛けた。息もつかせぬ攻防を繰り広げる二人の表情は対照的だった。余裕をもって受け流すルシファーに対し、ことごとく攻撃を避けられたベールに焦りが見える。


「そろそろ終わりにするか」


 強がりではない。呟いたルシファーの鎌が、くるりと回転した。槍の穂先を止める金具が砕ける。何度も攻撃を流したルシファーは、そのたびに小さな傷を刻んだ。槍の強度を徐々に落とし、最後に折った形だ。


「……やられた」

 

 舌打ちして距離を取ろうとするが間に合わず、ベールは腕を硬化した。幻獣霊王の名は伊達ではない。様々な幻獣や神獣の持つ能力を扱う彼の腕が、硬い金属音を立ててルシファーの刃を弾いた。


「これは見事!」


 褒めた言葉と返す刃、三日月のように弧を描く鎌が滑ってベールの胸を貫いた。ぱっと散る血が大地に落ちて染みを作る。無様に倒れることなく、ベールは持ちこたえた。膝を突くことも拒み、鎌を両手で掴む。ぐっと締まった筋肉が、鎌の刃を食い止めた。


「終わりにしよう、オレに殺す気はない」


「勝ったつもりか!」


 まだ勝負はついていないと吐き捨てたベールの口から、赤い血が零れる。鎌の柄を離して近づいたルシファーが、その血を指先で拭ってぺろりと舐めた。鳳凰と同じ、毒を持つ血を味わいながら子どもは笑う。


「オレの負けでもいいぞ。今日は終わりだ、このあと約束があるからな」


「は?」


 何を言われたか、一瞬意味を捉え兼ねたベールが目を見開く。魔の森の覇権を争う一角、幻獣霊王との戦いを放棄するほどの約束とは? 驚く彼にルシファーはにっこりと笑みを深めた。


「ほら、来た」


 一角兎の魔獣がおずおずと近づく。臆病な種族なので、一定の距離で止まり足が動かなくなった。ルシファーはぱちんと指を鳴らしてデスサイズを消し去り、兎に歩み寄る。少し話してから抱き上げ、まだ傷を修復中のベールに手を振った。


「戦いたいなら次にしよう。この子の一族を助けてやる約束がある」


 そのまま森へと消えてしまった。追えばまだ追いつけるが、ベールは苦笑いして地面に腰を下ろす。片膝を立てて一頻り笑った後、地面を叩いた。


「いるなら出てこい」


「気づいていたか」


 姿を現したアスタロトが影からするりと立ち上がる。少し離れた大木の影から、ベルゼビュートも顔を覗かせた。


「あたくしは、あの子気に入ったわ」


 頭を垂れる決断ではなく、わざわざ敵対しないと表明した。ベールはまだ迷い、その様子にアスタロトが吐き捨てる。


「この身を従える王などいない」


 自らが頂点に立つと自信を見せるアスタロトへ、ベルゼビュートは長いピンクの毛先を弄りながら肩を竦めた。そう宣言する時点で、もう負けてるのにね。この男達は揃って無駄なプライドを振りかざすけど、魔の森はもう選んでいるの。


 あたくし達は、あの子を生み出す前のテストよ。森に近い性質の聖霊女王は、言葉にならない魔の森の意思を感じていた。どんなに足掻いても、いえ……あたくし達が足掻くほどあの子は強くなる。それはそれで面白いわ。


 まだ油断していた、実力を出し切っていない。ベールはそう言い訳しながら、心の底で気づいていた。圧倒的な魔力を保有し、炎や傷も一瞬で消し去る魔の森の魔力は、ルシファーと同じであることを――。

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