374.アスタロトの休暇切り上げ
元から多産系の一族はもちろん、希少種の神獣や聖獣に至るまで。驚くほどの出産報告が入った。アスタロトは悲鳴をあげた文官達の懇願を受け、休暇を切り上げようとしたが……。
「ここで何をしているんですか」
漆黒城の中に転移した気配を感じ、移動したアスタロトは溜め息をつく。漆黒の黒曜石の床に、足首がめり込んだ魔王を発見した。なぜこの人は、何度言っても転移先の調査を怠るのか。大した魔力も時間も必要ないのに、わずかな労力を惜しんで失敗するのだ。毎回ではないから、余計に調査を省くのだろう。
「あ、すまん。今から直す」
「直すのは後で構いません。ひとまず足を抜いてください」
転移で抜け出したルシファーは、足の形にぽっかり空いた穴を申し訳なさそうに見つめた。常時発動の結界が、ルシファーの身を守っている。だから足が折れたり消えた心配はしない。これが他の魔族相手なら、足首から先が潰れる可能性があった。
転移魔法の特性のひとつだが、質量保存の法則が働く。つまりルシファーが空けた穴の黒曜石は、どこかへ飛ばされたのだ。変なところに落ちていないといいですが。以前は雪山に飛ばされ、雪崩を起こして雪兎の一族が巻き込まれた事故もありましたね。
過去に滅びてしまった種族を思い浮かべ、転送された黒曜石を探して回収する。簡単そうに行うアスタロトは、後始末に慣れた自分を少しだけ憐れんだ。
「アデーレは元気か? 無事に産まれるよう祈っている」
「ありがとうございます。何か問題が起きたのですね」
手を借りに来たのでしょう? 尋ねる響きを向ければ、困ったような顔で首を横に振った。
「実はリリスの予言だから当たると思うんだが」
切り出したのは、吸血種の赤子が大量に産まれる話だった。数十人単位で生まれたら、食料不足になるのではないか? 話をこう締め括った。
「お話は分かりましたが……本気で言っていますか?」
「ああ、血が足りないはずだ」
「……吸血種の赤子は、数年間血を飲みません。必要なのは魔力です」
「魔力?」
「ええ、我が一族は肉体に大きな意味を見い出しません。そのため体を維持する魔力だけ補給すれば、問題ないのですが……本気で覚えていないんですか?」
念押しされて、じわじわと思い出す。そんな話を前回の出産ラッシュで聞いたような……。
「長寿とはいえ、我々の中で最年少なのに、ボケてしまったとは」
「最年少って言ったって、数年じゃないか」
むっとした口調で反論する。8万年以上を生きれば誤差だ。きっぱり言い切ってから、慌ててボケていないと付け足した。
くすくす笑いながら、アデーレが口を挟む。
「あなた、仕事に戻ってください。私は城におりますので」
「申し訳ありません。出産まで付き添いたかったのですが……何かあれば、遠慮なく呼び出してください」
夫婦の会話が終わるまで、所在なさげに待つ魔王。アデーレにきちんと詫びて、魔王城へ戻った。途端に、周囲を多くのエルフに囲まれる。
「な、なんだ?」
「お帰りなさいませ。森の種族の出産に合わせ、花々が咲き始めました。狂い咲きです」
「リザードマンが、子育ての協力体制をラミアと築く許可を申請しています」
「こちらもお願いします。アルラウネの群生地が、倍近くに広がってしまって」
文官とエルフの報告が、次から次へ上がってくる。驚いた顔をした二人は、すぐに顔を見合わせて苦笑いした。手を挙げて発言を制した。
「わかった。執務室で聞く」
執務室には報告書と共に、更なる文官が待っていることなど、知る由もなかった。




