362.悪いことしちゃったわ
魔の森はいつでも我が子に向けて開かれている。そう告げたのは、リリン自身だった。世界の主であるリリンが作り出した中で、一番の愛し子が魔王なのだ。拒まれるはずはない。
するりと入り込んだルシファーは、愛しい妻リリスによく似た義母に抱き付かれた。
「次の子が出来た」
「ああ、お腹の中にいるみたいだが……リリスはどこかな」
見回す範囲に見当たらない。到着した場所は、大木のウロのようだった。中が空洞になった大木が近いだろうか。円形の部屋の内側はすべて木製で、壁に生える苔がほんのり発光していた。お陰で、リリス不在がよく見える。
「もう戻る?」
悲しそうにそう言われると、首を縦に振れない。魔の森の意向だからと言い訳し、どっかりと床に座った。柔らかい芝や苔に覆われた床で、リリンも嬉しそうに手を広げた。
「おいで」
「あい!」
元気よく腕から飛び出したイヴが、リリンに抱き付いた。見た目は若いが、世間で言えば祖母に当たる。抱き寄せて頬擦りする姿は、リリスにそっくりだった。
「あら、ルシファーじゃない」
「リリス! いきなりいなくなるから心配したぞ」
「……もう2日経ったの?」
入って来たリリスは驚いた様子で止まり、すぐに首を傾げた。どうやらキャンプ最終日に迎えに来たと思ったようだ。詳しく説明した。ついでにベールが怒っていると伝えれば、リリスは眉尻を下げる。
「悪いことしちゃったわ」
「昔オレもよくやって叱られたっけ」
肩を竦めるルシファーは「叱られてこい」と笑う。リリスもさほど深刻な様子はなかった。ルシファーは「昔」と表現したが、もしこの場にベールやアスタロトがいれば「今もでしょう?」と指摘しただろう。良くも悪くも似た者夫婦のようだ。
反省はするが、また繰り返すタイプの二人だった。イヴはご機嫌でリリンとじゃれ合う。
「パッパ、森いくぅ」
キャンプに戻ると言われ、途中で放り出していたことに気付く。慌ててリリンに挨拶し、イヴを抱いてリリスと手を繋いだ。転移で戻った先は、まだ昼前だった。一緒にキャンプをするイポス達に迷惑を掛けずに済みそうだ。
「魔王妃殿下の無事のご帰還をお喜び申し上げます。と同時に、お話がありますので、こちらへどうぞ」
やたら丁寧に執務室へ誘導されるリリスへ手を振る。あの様子では半日は解放されない。そう判断し、イヴを連れてキャンプへ戻った。心配するイポス達を安心させ、外で駆け回るヤンのひ孫と一緒にイヴを遊ばせる。
大急ぎで狩りを手伝い、火龍であるグシオンの炎で丸焼きにした。中にハーブを詰めたのは、プータナーのアイディアだ。こんがりと焼けた豚を切り分けて食べ、午後は湧水池へ魚獲りに向かうことが決まった。
魚釣りではない。魔族である彼らは魔法や魔法陣を利用し、大した時間を掛けずに魚を得た。湧水池から放水される川は冷たく、透き通っている。はしゃぐ子どもを遊ばせ、手際よく魔法で魚を仕留める。
生きたまま捕獲し、川の一部に魔力の網を作って放した。食べる直前に絞めた方が鮮度が高い。逃がさないよう対策をした後は、全員で水遊びを始めた。
「えいっ!」
「きゃあ、冷たい」
「あ、イヴちゃん危ないよ」
「平気……あっ」
キャロルの注意虚しく、転んだイヴが池に転落した。大騒ぎになりそうな状況だが、イヴは平然と無効化を利用して池から上がった。周囲の水に無効化を適用し、全く濡れていない。
「改めて凄い能力だな」
「最強の魔王様に言われてもねぇ」
プータナーの指摘に、親は顔を見合わせて笑い合った。




