359.ふとした瞬間に足りないと感じる
夕方にリリスやシトリーを戻し、夜の帳が下りた。テントごとに結界を張っているので、音が互いに漏れることはない。眠れないとごねるイヴを抱いて外へ出れば、同じように我が子を抱いた親がうろうろしていた。
魔獣の子は遠吠えを始め、親に叱られている。普段と違う環境に昼間は興奮状態だったが、夜になれば我に返る。暗くなれば、母親を求めるのが幼子だ。保育園はもとより、保育所の子はさらに幼かった。
眠くなれば、父親では対応できない家も多い。逆に普段から父親と眠っており、母親と参加してごねる子も現れた。各家庭、さまざまな事情や環境が反映されて、キャンプ場は賑やかだ。
誰が悪いわけでもないので、外でイヴを抱いて歩いた。知り合いの子を見つけると手を振るイヴは、幼い頃のリリスを思い出させる。その話を始めると、続きを聞きたくて目が冴えたらしい。興奮状態で体を揺らした。
「イヴ、寝ないと明日起きられないぞ」
「平気! イヴは偉いもん」
「そうか、偉いなぁ」
相槌を打ちながら、寝なくてもいいかと納得する。それなら昼寝の時間を長く取ればいいだけだ。仕事や学業があるわけではなく、動かせない予定もなかった。
イヴが眠くなったタイミングが、寝る時間なのだ。割り切ってしまえば、気が楽になった。どうしても寝なかったら、リリスをこっそり連れてきて……などと考えていたのが嘘のようだ。
「我が君、ひ孫ですぞ」
本来は夜行性のフェンリルは、ひ孫で数代先のセーレを継ぐ子狼が走り回っている。自由にさせているように見えるが、他のテントに近づき過ぎると首を咥えて躾ける。ヤンらしい子育てだった。
「ヤンはどこのテントだ?」
「一番向こうです。他の魔獣の子も一緒で、楽しく遊びすぎて……穴を開けました」
「穴……」
一応保護魔法がかかっているはずだが、魔獣の子は力が強い。種族によっては魔法を弾く子もいるので、やらかしたのか。すぐに保育士達が補修したと聞き、ミュルミュール達の顔が浮かんだ。
そういえば、朝以降顔を見ていないな。
「魔王陛下、イヴちゃんが寝ないんですか?」
ふと考えた心を読んだように、ミュルミュールが話しかける。振り返ったルシファーに覆い被さる大きさの、巨大樹木が葉を揺らした。ドライアドである彼女は人型で仕事をしている。
キャンプでは端から端まで目を配る必要があり、根を這わせて本来の形に戻ったらしい。近くに立つ数本のドライアドも、同じようにテントを守っていた。この姿ならば、森で彼女達に勝てる魔物はいない。
「ああ、イヴは興奮状態でまだ時間がかかりそうだ。見回りか?」
「ええ。ベール大公閣下のご厚意で、魔王軍の皆さんが護衛に入っていますが……念の為に見回りをしています」
「ご苦労だな。後で特別手当を出しておく」
穏やかに別れ、腕の中が静かなことに気づく。純白の髪を握ったまま、イヴはすやすやと寝息を立てていた。どうやら眠るタイミングが訪れたらしい。
出来るだけ起こさないよう、結界で音を遮断してからヤン達に挨拶をする。テントに戻れば、眠らない子は他にもいた。マーリーンは母イポスが読み聞かせる本に夢中だ。
会釈する彼女に「そのままでいい」と合図し、奥のベッドにイヴを横たえた。だが、髪を掴まれているので動けない。いろいろ考えるのを放棄し、一緒に横になった。
目を閉じてしばらくし、テント内に小さく聞こえていたイポスの声が途絶え……ふと目を覚ます。抱き寄せるように腕を動かし、宙を掻いたことで完全に起きた。リリス? ああ、そうか。今夜は彼女は魔王城で、オレとイヴはキャンプだった。
以前も離れた夜はあったのに、ひどく寒い気がする。キャンプの約束で、会えるのは明後日の朝だ。もう一晩あるのに、寂しいとそう感じた。




