358.剣ではなく包丁を使ってくれ
それぞれの好みを反映した食材を確保した。リリスの好きなコカトリスは、毒を吐くので森で捌いて持ち帰る。シトリーのために木の実を拾い、なんでも食べるイポスとプータナーには、コカトリスに加えてオークも捕まえた。
肉食に偏るが、城では魚料理も多いし問題ないだろう。栄養的な問題は、妊婦を抱える夫達の課題なのだ。
「お魚が良かった」
ぷくっと頬を膨らませるイヴだが、説得されて機嫌を直す。収納から取り出した食材の使用が禁止されたキャンプなので、粉やパンは中央のテントで受け取れた。手を繋いでルシファーとパンを取りに行ったイヴは、唐揚げ用の粉が入った袋を振り回す。多めに用意してもらったが、到着するまでに半分になった。
叱りつけて場の雰囲気を壊すこともない。リリスと一緒に唐揚げの準備を始めるイヴは、粉で真っ白だった。浄化魔法は後回しにして、ルシファーはパンをイポスに渡す。彼女は手際よく剣でパンを切り分けた。
「イポス、料理の際は包丁を使ってくれ」
「手に馴染んだ刃物が楽なので……あ、ご安心ください。ちゃんと浄化魔法はかけています」
洗ったから平気だよ、の理論でイポスは切り抜ける。いろいろ指摘したいことはあるが、ルシファーは口を噤んだ。キャンプというのは、言葉を飲み込みストレスが溜まる行事らしい。
「パッパ、これ」
唐揚げの準備が出来たらしい。グシオンが受け取りに行った油を鍋に注ぎ、手慣れた様子で揚げていく。魔王城の重鎮は、イベントごとに焼肉や唐揚げを分担して作るため、熟練の職人のような手捌きで料理をこなす。揚げた肉を山積みにするルシファーは、油の周囲に近づかないよう子ども達に言い聞かせた。
「油で火傷すると痛いから、近づいたり近くで騒いだらダメだ」
「ダメ、わかった」
「うん。気をつける」
4人は真剣な顔で了承した。基本的に素直ないい子ばかりなのだが、どこまで行っても子どもである。当然だが、機嫌は山の天候より変化しやすかった。
「イヴの!」
「違うよ、私のだもん」
「マーリーンのだと思うよ」
「え? 私は知らない」
それぞれに発した声から、掛け声が生まれ、枕が飛んできた。続いて服を投げ合う。近くにある親の置いた荷物を掴み、気に入らない子に投げつけた。仲がいいと思ったら、すぐにケンカが始まる。
問題はケンカしているのが、テントの出入り口だということ。その少し先では、飛んできた枕を結界で弾き飛ばす魔王が調理中だった。
「こら、危ないぞ」
特にイヴの結界通過機能が装備された枕は危険だ。護衛にイポスが後ろに立つ。彼女の料理の腕は壊滅的なので、いつも夫ストラスが料理していた。今回は魔王ルシファーの揚げ物を守るため、彼女は飛んでくる枕を叩き落とす。
キャンプ地では、これも立派な料理への参加だった。いくつか防いだところで、ルシファーはすべて唐揚げを積み終える。リリスが立ちはだかり、唐揚げを守る。その間に高温の揚げ油を、己の収納へ流し込む魔王。夫婦の連携は完璧だった。
「よし、油の処理は終わったぞ」
「お疲れ様」
「スープが出来たぞ」
野戦料理なら任せろとばかり、巨人族のプータナーは香草のスープを引き受けた。その中央に大きな鶏肉が沈んでいる。コカトリスの尻尾だった。
尻尾の肉は脂身が多く、旨味が凝縮されている。中の軟骨からもいい出汁が取れたようだ。香草と岩塩で味付けを行い、昼食は完成した。
「ほら、ご飯だぞ」
「「「はーい」」」
「今行くぅ」
ルシファーの呼びかけに、慌てて子ども達が集まる。もう少し年齢が上がって学校に通えば、同じキャンプでも料理作りから子どもが参加する。今回はまだ幼いので、そこまで義務付けられなかった。
「ちゃんと手を洗って、ほら」
ルシファーが作った浄化水で手を洗い、子ども達は嬉しそうに料理に手を伸ばした。柚子のドレッシングがないと拗ねたリリスのために、ルシファーはこっそり収納から調味料を取り出す。このくらいのズルは許されると思った。




