341.じっと凝視する銀の瞳
イヴを寝かせたルシファーは、純白の髪をシーツに溶け込ませた。押し倒されたのだが、理由がよく分からない。言葉を話すようになったイヴに絵本を読み聞かせ、眠った我が子に上掛けをかけた。
振り返ったところを倒され、腹の上にリリスが跨る。すらりとした白い足が寝着から露わになり、なんとも艶かしい光景だった。手を伸ばして触れてしまう。
柔らかく滑滑した手触りに、ごくりと喉が動いた。そういえば、最近はイヴにかまけてリリスに触れていなかったな。性的な意味での接触はほぼなく、自覚すると魔王様が反応しそうである。
「どうしたんだ? リリス」
出来るだけ穏やかな声で話しかける。眠ったばかりの娘もいるのだ。ここで襲うわけにいかない。理性的にそう考えたルシファーへ、リリスはするりと寝着を肩から滑らせた。前開きタイプを選んだのは、このためだ。首や胸元が見えた途端、ルシファーは再び生唾を飲んだ。
「えっと……」
「次の子が欲しいの!」
女は度胸! と思ったのか、勢いよく彼女は叫んだ。ルシファーは目を見開いて固まる。伸ばした手でリリスを抱き寄せ、跨ったままぺたりと肌を合わせた。温かい肌の温もりと、いつもより早い鼓動を分け合う。
「ごめんな、リリスに言わせてしまった。オレの方から誘うべきだったのに」
「いいのよ。だって夫婦だもの。私だって……」
言いかけたリリスが止まる。彼女の金瞳は、少し先に眠る娘を凝視していた。その視線を辿ったルシファーも固まる。
魔王ルシファーそっくりの銀瞳が二つ、ぱっちりと開いて見つめてくる。ほぼ裸で父親に跨る母親……その光景を、娘は見てしまった。ぱちぱちと瞬きし、大きく欠伸をして「はふっ」と声を漏らす。イヴはそのまま目を閉じた。
どうやら覚醒は一時的だったようだ。そう判断した夫婦は、止めていた呼吸を再開した。大きく吐き出した分を吸い込み、互いに目を合わせて頷きあう。
ひとまずイヴを結界で包もう。音も光も遮断して、眠ったまま隔離するしかない。魔法陣を構成して、イヴの上に重ねた。発動を確認し、わざと物音を響かせる。イヴは起きなかった。
ほっとしたリリスの肩に手をかけ、ルシファーはくるりと位置を入れ替えた。ベッドのスプリングを利用して回転し、リリスをシーツに縫い止める。
「可愛いオレのお嫁さん、次の子を産んでくれるか?」
「いいわ。愛してる、ルシファー」
口付けを交わす両親を、イヴはこっそり薄目を開けて確認した。ルシファーもリリスも忘れているが、イヴの能力は無効化だ。自分を隔離する魔法陣を無効化し、幼子は覗きに目覚めてしまった。
自分が起きている時は見られない両親の仲のいい様子、それはイヴの好奇心を掻き立てる。ドキドキしながら見守るが、途中でバレてしまった。
「イヴ、悪い子ね」
「そういうのはダメだぞ」
ぶぅ……唇を尖らせて抗議するも、続きを見せてもらえなそうだ。不満だと訴えながら、イヴは二人の間で寝かしつけられた。
リリスに相談を受けたシトリーが、急遽、お泊まり保育を計画した。イヴを預かる予定で保育士を手配したのに、あっという間に枠が埋まり、追加のお泊まり保育が決まる。
歓迎の声を聞く魔王は苦笑いした。ベビーラッシュには、お泊まり保育が効果的らしい。子持ち家庭に絶大な支持を受け、お泊まり保育は各地に広まった。新たな施策として、魔王史にも載りそうな勢いだ。
「前の世界と逆の発想だな」
イザヤはそう呟いた。ラブホを作ればいいのに。その言葉の意味を理解できる魔族がおらず、誰も尋ね返さなかったので……この世界にラブホが誕生することはなかった。




