338.祭りが終れば注意力散漫
お祭りや遠足は準備が楽しい。もちろん当日も十分楽しむのだが、一番疲れるのは片付けだった。楽しかった記憶が強いだけに、どうしても力が抜けてしまう。ルシファーも同様だった。
大好評だった目玉飴、コカトリスの唐揚げ、魔王チャレンジ……そして飲み会。思い出せば、切なくなる。ずっとお祭りを続けるわけに行かないのだが、終わった直後は溜め息が増えるものだ。
昨夜の大騒ぎを最後に、即位記念祭が終わった。ここで力が抜けて、執務机にぐったり懐く。運ばれてくるのは、後処理の承認や申請関連だった。即位記念祭に関しては、魔王や大公が民に対して与える褒美のようなものだ。普段なら文官の権限で承認される決裁も、すべて回ってきた。
以前はこれが日常だったのだが、久しぶりに大量の書類を見ると気分が下がる。手をつける前にうんざりした。
「陛下、手をつけなければ終わりません」
「うん、わかってる」
返事はするのだが、手が動かない。インクや朱肉が特殊なため、魔法で浮かせて読むことも出来なかった。大きな溜め息を吐き、ルシファーは身を起こす。数枚の書類に目を通し、訂正箇所に書き込みをして返却箱へ投げ入れた。
続く一枚に目を通し、ルシファーが声を上げる。
「そうだ!」
手にした書類は、侍女長アデーレの出産育児の長期休暇申請だった。といっても、出産にしては短い。僅か1年で復帰すると予定が書かれていた。
「アデーレの妊娠だが、詳しく話を聞いてこよう」
「お待ちください。妻に何をする気ですか」
むすっとした口調でアスタロトが牽制するも、書類を投げ出す気満々のルシファーは無視した。
「申請された期間が正しいか審査するのは、オレの権限だ」
「違います」
否定するアスタロトをよそに、祭りの決算書を作っていたベルゼビュートが賛同した。
「そうですわ! 魔王陛下の権限ですもの。ここは唯一の女大公であるわたくしも同行します」
浮かれた様子の二人に、ベールは肩を竦めた。銀髪がさらりと揺れる。こうなったら解決するまで好きにさせた方が早い。サボった実績があれば、捕まえて働かせるのも容易になるはず。過去の経験から冷静に判断する同僚に舌打ちし、アスタロトは止めに入った。
「ルシファー様、妻に近づかないでいただきたい」
「なぜだ、大事な大公に子が生まれるんだぞ? いろいろ手配してやりたいじゃないか」
それに詳しい話は後で、の続きが気になる。アスタロトを振り切って、申請書類片手に廊下を歩いた。侍女長アデーレは妊娠初期なのに、まだ現場にいるらしい。良くないぞ。すぐに休ませないと。
魔王ルシファーが歩を進める数歩後ろで、ベルゼビュートとアスタロトが無言で切り結んでいた。邪魔するアスタロトを、ベルゼビュートが遮る。不毛な争いは、互いが傷だらけになる程熾烈だった。
「アデーレ!」
「陛下、ご用でしたか……」
後ろで剣をギリギリと擦りながら、ちらりと目配せする夫の姿に、アデーレが苦笑いする。
「休暇は申請通りでいいのか?」
「問題ありましたか」
ルシファーが手にした申請書類に首を傾げるアデーレは、やはり自覚がないのだろう。顔色が青白い。吸血種は血色の悪い者が多い傾向にあるが、妊婦と考えたら心配になる顔色だった。
「もっと早く、長く休んでいいぞ」
「職場が心配です」
「魔王城の方はなんとかする。まずはお腹の子と自分の身を大事にしろ」
大変なことをあっさり請け負う上司に、困った顔をするアデーレは「本当に大丈夫ですか?」と念押しした。頷いて、期間を3年に延ばすルシファーは、自信満々だ。
半年もしないで泣きついてくるわね。辛辣な感想を抱いたアデーレだが、許可された休暇の書類をありがたく受け取った。




