337.連携が見事で驚いたぞ
魔王ルシファーが反撃に転じる。それ自体が、ひとつの誉れだった。魔王チャレンジでは、防ぎ切るまで動かないのだから。
「頑張れ、ルカ」
アベルの声援が飛ぶ。その頭上で翡翠竜が叫んだ。
「ライ、ケガしないで」
「ルカに傷を負わせたら、酷い目に遭わせますよ」
ぼそっと牽制するアスタロトに、ルシファーが「後でちゃんと治療する」と言い訳を口にする。多少のケガは見逃せと言いたいのだろう。
「あっ、ママが!」
娘アイカが母ルーシアの心配をして飛び出しかけ、慌てて風の精霊族であるジンに捕まった。父親の腕の中で、アイカはぶすっと頬を膨らませる。
「危ないから、ママの戦いを見守るだけ。約束しただろう?」
言い聞かせるジンの近くで、シトリーの夫グシオンが声を張り上げた。
「リー! 信じてるぞ!!」
それぞれに応援がついて羨ましいルシファーは、ちらっと妻子のいる斜め後方へ視線を向けた。リリスはにこにこ笑いながら、イヴの小さな手首を握って、幼子の手を振った。
「ぱっぱ!」
「カッコいいって褒めてあげて」
「ぱっぱ! かっこいい」
全力で叫んだイヴに、ルシファーの興奮は最高潮に達した。そこへ妻リリスの「頑張ってね」が付け足される。ちょっと過剰応援だった。気合を入れたルシファーが、複数の魔法陣を指先で生み出す。それを簡単そうに複写しながら、背後に展開した。
攻撃用なら前面に展開するのが一般的だ。通例を破ったルシファーがぱちんと指を鳴らした。魔法陣は一斉に発動するのではなく、連鎖して動き出す。
水の壁を作る魔法陣へ、弾ける火花が重なる。蒸発して水蒸気が満ちた空間へ、稲妻が走った。風により巻き上げられた水蒸気の雲から、雷が発生する。
「きゃっ!」
「え、やだ!」
穂先に炎を宿した槍を持つレライエが、慌てて離した。武器が乾いた音で地面に転がる。雷の電流が走り、手が痺れたようだ。一時的に握力が消えた彼女は、湿った大地にぺたんと尻餅をついた。
「降参だわ」
潔い彼女の隣で、ルーシアは粘った。水を纏う彼女は帯電しやすい。ぴりぴりと体の表面を走る雷に顔を顰めるが、まだ降参するつもりはなさそうだった。
「こっちよ」
大地への放電を行い、己の帯電を防いだルーサルカが、ルーシアの手を握る。地表へ電気を流して逃す彼女へ、ルシファーがもう一度指を鳴らした。
水蒸気が冷えて、一気に雨になる。被ったルーサルカは、びりっと痺れた一撃に膝をついた。
「痛っ、無理。ごめん」
仲間に謝って負けを認める。ルーシアも一緒に巻き添えを食い、無言で座り込んだ。両手をあげる仕草で、これ以上攻撃の意思はないと示した。
残ったシトリーは、飛んでくる雷をうまく風で弾き、持ち堪えている。鳥人族の翼を使い、器用にかわしていく。観客から「見事だ」と賞賛の声が聞こえた。
「確かに見事だ」
余裕の笑みで頷くルシファーは、彼女が起こした風を利用して回り込み、首筋に手刀を当てる。力を加減したので、当たった感覚はあるが痛みはない。
「……っ、負けました」
「お疲れさん。連携が見事で驚いたぞ」
褒美にそれぞれ宝石をもらい、解散となった。ルシファーは荒れてしまった芝生広場を直していく。焦げた芝を復元し、凹んだ穴を塞いだ。集まった民衆も、慣れた様子で手伝い始める。あっという間に整えられた広場は、再び机や椅子が並べられた。
「魔王様、こっちで飲もうや」
「あ、リリス妃様だ。イヴ姫様とこれ食べな」
お疲れ様を言いに近づいたリリスも巻き込まれ、魔王一家はお祝いの宴の中央で皆に囲まれた。




