330.魔王チャレンジ続行
「あ、えっと……詳しい話は後でいいか?」
重大発表の直後だが、なにぶんにも今は魔王チャレンジの最中である。双子の挑戦者が残っているだけでなく、大公による模擬戦も控えていた。
アデーレが衆目の場で発表した理由も含め、後回しにして欲しい。ルシファーなりに考えた結果の声かけだった。
「そうですね、後にしましょう」
助かったとばかり、アスタロトは硬直から抜け出した。リリスが近づいてアデーレにお祝いを告げ、イヴもよく分からぬまま「おめぇとう」と愛想を振りまく。アデーレはにっこりと笑い「そうですね」と同意した。
これで、魔王チャレンジに本筋を戻せる。祭りの趣旨が、アスタロト大公家の末っ子誕生! に切り替わるところだった。
スイとルイが準備を進める間、ルシファーはアスタロトの顔色を窺う。この後の模擬戦で、呆けていたら危険だ。いろいろ心配になるが、表面上はいつものアスタロトだった。
「その、大丈夫か?」
「ええ。まったく問題ありません。平常ですよ」
本当に大丈夫な人は、問題ないと明言しない。問題があるのだろうと心配するルシファーだが、何が問題なのか根本が分からない。そのため、対応が曖昧になった。
「ルシファー様、スイとルイにケガをさせないでくださいね」
普段通りの小言が飛び出したので、ルシファーはやっと安心した。さすがはアスタロト、子どもが出来たくらいじゃ、動揺しないんだな。感心しながら、安請け合いした。
「ああ、寸止めで勝敗をつけてやる」
リリスに読まされた小説に、寸止めが載っていた。当たる寸前に、紙一重のところで止める。その僅かな距離を「寸」と表現するらしい。イザヤの表現をそのように理解したルシファーは、現れた挑戦者達に目を見開いた。
「二人一緒でいいのか?」
「「はい」」
双子だがそっくりではない。その二人が、申し合わせて同じ色の衣装を用意した。これは同時に二人を相手にするのだろう、とルシファーは考えた。あっさり肯定されたので、構わないと頷く。
過去にも兄弟や親子で連携する戦いはあった。魔王チャレンジでも珍しくなく、特に批判の声が上がることもない。二人の武器は異なっていた。
ポニーテールのスイは剣を、後ろで結んだだけのルイは弓を手にしている。互いに目配せし合い、ルシファーの左右に広がった。
「よろしくお願いします」
「胸をお借りします」
丁寧な挨拶に「ふむ、来るがいい」と鷹揚に応じる。仕事用の魔王バージョンで対峙したルシファーは、銀の刀を呼び出した。収納から取り出した刀は、片方にしか刃がない。過去に戦った勇者から得た武器は、手にしっくり馴染んでいた。
長い年月ともにあった刀は、ややそり返った美しい刀身に、緩やかな波紋を映し出す。収納に鞘を残した刀を右手に、ルシファーは肩から力を抜いた。
ルイが弓を引き絞るが、その手に矢はない。何が起きるのか、固唾を飲んで見守る魔族の前で、その弓は弾かれた。本来なら飛んでくるはずの矢は見えない。だがルシファーは刀を下から上へ振るった。
キンッ! 甲高い音がして、見えない矢が刃に落とされる。がさっと足元の芝を揺らしたのは、半透明の細い氷だった。魔力を練ることが得意なルイは、物質ではなく魔力で矢の代わりを生み出したのだ。
射るまでは魔力なので、存在しか分からない。属性や形が不明のまま弾かれた矢は、途中でルイの魔法で変質した。氷の矢を叩き落としたルシファーの背後から、死角になる位置でスイが身を沈めた。
無言で一気に距離を詰める。足音すら殺した彼女は、裸足だった。衣擦れもなく振り上げた剣を、左から右へ払う。魔王の黒衣の袖を掠める刃は、しかしルシファー自体を捉えることはなかった。
空振りしたことに目を見開き、スイは後ろへ飛び退る。緩急のバランスがいい二人の戦いに、魔族から歓声が上がった。
「いけぇ!」
「一矢報いろ!」
声援に驚いたルイだが、緩んだ口元をすぐに引き締める。挑戦は始まったばかりだった。




