328.魔王チャレンジ、勝負は白熱
細い糸を切りに来る女戦士をあしらいながら、ルシファーは防戦一方だった。基本的に魔王チャレンジは、挑戦者が魔王へ攻撃するのがルールだ。
ある程度防いだら、決着をつける。このパターンはずっと継承されてきた。そのため挑戦者が見せ場を作れるのは、前半勝負となる。一族や他の種族を勝ち抜いた強者は、全力で挑むのがマナーだった。
「これでどうだ!」
一気に勝負を決めようと、縦に割られた木を纏めて投げつける。その合間を縫って、突撃した。力勝負は巨人族にとって、最高の敬意を示す戦い方だ。相手を認めたからこそ、得意分野で仕掛ける。
「その覚悟、見事だ」
糸で絡めた木材を叩き落とし、ルシファーは拳を正面から受けた。後ろへずるりと押されたが、受け止め切る。がくりと膝をついた彼女は「負けました」と降伏を宣言した。
握った拳を恥ずかしそうに隠す巨人族の女戦士に対し、ルシファーは治癒魔法を使う。拳の半分ほどは骨が砕け、筋が断裂していた。無理をして強化したのだろう。痛みを堪えていた彼女の口元が緩む。負けたが、満足のいく戦いだった。
「巨人族は久しぶりだが、さすがだな。見ろ、こんなに押されてしまった」
ふっと笑って、己の足が書いた地面の跡を指差す。大地に刻まれた二本の線は、彼女の強さの象徴として記録に残された。長さを計測したルキフェルが、大きく頷く。
「巨人族で最高記録だね」
「褒美にこれをやろう」
数万年前に献上された大きな盾、それから彼女の大きな体を包める魔獣の皮を大量に。受け取った彼女は誇るように、戦利品を肩に担いだ。
「ありがとうございました」
礼儀正しく頭を下げた彼女が仲間の元へ戻っていく。わっと盛り上がる同族が肩を叩き、大柄な彼女の頭を撫でた。家族だろうか。
ほのぼの見守る魔族の間から、次に出てきたのは炎の精霊だった。イフリートのような固有の形を持たず、ゆらゆらと不確定な姿をしている。人に似た炎と表現する方が近かった。
「精霊族、炎のライアット」
「魔王ルシファーである。参れ」
名乗りを上げた精霊が、一気に質量を増やした。慌てて壁になった民が後ろに下がる。魔獣の中に「髭が!」と焦げて騒ぎ、他の種族に治してもらう姿が見られた。
ベルゼビュートが慌てて結界の強度を上げる。今回、魔王から武器をもらう強者が現れるか。その賭けの倍率計算に夢中だった彼女は、しれっとした顔で取り繕う。ふくよかな胸元から、ちらりと賭けの札が覗いていた。
「あ、やめて」
「なぜこんなものを?」
大切な半札をアスタロトに奪われ、ベルゼビュートは半泣きだった。その間に、ルシファー達の戦いが始まる。炎の精霊であるにも関わらず、その魔法は様々な属性を駆使していた。
炎という事前の触れ込みに惑わされたら、一瞬で勝負がついただろう。温度を操ることに長けた精霊ライアットは、周囲の気温を下げていく。凍りついた草が、鋭い針となってルシファーを襲った。
結界で退けることは簡単だが、それでは挑戦者に対して失礼だ。空中から銀の刀を取り出して、弾いた。地面に突き刺さる草が再び襲いかかる。今回は切り裂いて粉々にした。
草がぼっと燃え上がり、煙が広がる。魔獣であるフェンリルが鼻を押さえ「しぬぅ」と呻いた。ただの草ではなく、薬草を選んで使用したらしい。痺れ効果の高い煙が広がった。精霊は体の概念がないため、こういった攻撃は効果がない。自爆する心配がないため、遠慮なく使用したのだろう。
ちらりと周囲に目を向け、大公達により民が守られているのを確かめ、ルシファーはぱちんと指を鳴らした。炎を使うなら、それを消せばいい。雨雲がないのに、広場は雨による白い靄に包まれた。




