321.大災害の予兆? いっそ楽しんだ者勝ち
魔王城周辺に舞う数匹の鳳凰に気づいた魔族が、空を指差した。お祭りの最中なので、誰もが舞の披露かと期待する。だがいつまでも始まることはなく、火の粉をまき散らしながら何周も回るだけ。降りる様子もなかった。数分もすれば、さすがに何かおかしいと騒ぎ始める。
「はい、静かに」
ぱんと手を打ったベールが場を収め、大公が言うなら大丈夫だろうと魔族は祭りの喧騒にまた飲まれていった。飲んで食べて騒ぐ。夜中まで盛り上がっても叱られない環境は、飲んべにとって最高の環境だ。浴びるように酒を飲み、屋台の食事に舌鼓を打てば、多少のトラブルはどうでもよくなる。
「……アスタロトは何か聞いていますか」
「いいえ。丁寧に尋ねて来ますよ」
丁寧に、を付け足した時点で鳳凰の未来は暗い。ベールは大きく息を吐きだし、アスタロトを止めた。
「幻獣や神獣は私の管理下です。あなたは広間に戻ってください」
自分で対処すると言われたら、アスタロトは反論しない。ベールの監督下にいる鳳凰に手を出して、ケンカをする気はなかった。この二人がケンカをしたら、魔王城が吹き飛んでしまう。
「お任せしますね」
きっちり処理してください。声に出さない意味を受け取り、ベールは頭上を見上げた。背中に羽を出して浮かぶ。鳳凰へ近づくと彼らは自ら距離を詰めてきた。何かを訴えるように甲高い声で鳴く。
吉兆を告げる鳥として有名な鳳凰だが、今回は事情が違った。必死で訴えた後、くるりと向きを変えて誘導を始める。こちらだと訴える鳳凰について向かった先は、休火山と思われる冷えた山脈だった。過去に大噴火を起こしたが、ここ数万年動きがない。
探るように目を細めたベールは、地下の奇妙な脈動を捉えた。鼓動のようにドンドンと高鳴る音と、そのたびに沸き上がる魔力……これはマズイ。すぐに破裂する様子はないが、もしこの魔力瘤が破裂したら? ぞくりと恐怖が走った。
「陛下に連絡を……いえ、その前に避難の手配? まずは落ち着かなくては」
自分でも焦っているのが分かる。前回の噴火も魔力瘤の破裂だった。あの頃は周辺に魔族もほとんど住んでおらず、人的被害はなかった。だが今は違う。新しく領地を割り当てられて、数世代に渡り住んでいる種族がいる。巨大な噴石が飛んで来れば、魔王城近くにテントを張る者も危険だった。
深呼吸をして、魔力瘤の大きさを測る。知らせた鳳凰達も混乱しているようで、突然出現したことが窺えた。噴火や火口の温度に敏感な彼らは、さぞ驚いたのだろう。知らせなくては! それだけを合言葉に速度自慢が数匹で飛んだらしい。
彼らに感謝を伝え、解決するから安心するよう言い聞かせた。幻獣霊王ベールに頭を下げ、鳳凰達は温泉街の方へ帰っていく。見送って、すぐに転移した。
魔王城の中庭上空へ現れ、大急ぎで夜会の広間へ駆け込んだ。アスタロトを見つけて事情を説明する。
「あ、ベール! 何かあったの?」
察しのいいルキフェルにも説明した。ルシファーやベルゼビュートへの説明をアスタロトに任せる。大災害を未然に防ぐため、魔王軍の招集をかけなければならない。だが……そうしたら祭りは中断される。このまま何も被害を出さず秘密裏に収めることは出来ないものか。
そんな考えを吹き飛ばすように、アスタロトは声を荒らげた。
「魔力瘤が発見されました。各種族、協力できる者は名乗り出るように!」
まだ説明を受けていないルシファーが動く。ベルゼビュートはドレスの裾を翻して、広間を後にした。すぐにドラゴンや神龍などの魔力量が多い種族の協力を取り付ける。同族にしか聞こえない高周波を放ったアスタロトの眷属、吸血種も駆けつけた。
「秘密裏に片付ける? 何を馬鹿なことを……やるなら派手に。祭りの余興にするくらいでいいのですよ」
にやりと笑ったアスタロトに、ルシファーが肩を竦める。どうやら魔力の高い彼らは、力を持て余していたらしい。勇者撃退もなくなった今、久しぶりに全力を出せそうな魔力瘤は打って付けのサンドバックだった。




