316.子狼、触手に襲われる
人狼であるゲーデの息子、アミーは隠れ住んできた。ルシファー達に見出されるまで、人里離れた山奥で暮らした。どこの種族、集落にも所属していなかった。だから、アミーはまだお披露目を終えていない。子狼姿で、変化できずに魔獣の子に分類された。
父と同じ人狼になりたくて、前回は参加しなかった。大公や魔王に勧められ、今回こそと気合を入れて保育園の前に立つ。種族がはっきりしなかったアミーも、昨年ようやく人型に変化できた。お陰で父親ゲーデと同じ、人狼だと判明したのだ。これで種族の復活「先祖返り」が認められた。
父と祝杯を上げた日、魔王や大公も乱入して大騒ぎになった。懐かしく思いながら、保育園の玄関を潜ろうとして……奇妙な臭いに足を止める。何かいる? 首を傾げたアミーは、好奇心に釣られて近くの茂みに顔を突っ込んだ。しゅるんと細い腕のようなものが巻きつき、身動きできない。
「うぐぅ……」
首が絞まる。変な声が漏れた。驚きすぎて、体が丸まる。一瞬で狼姿に戻った。形が変わったことにより、拘束から抜け出す。くるんと一回転して、着地した。そのまま全力で走り出す。
「誰かぁ! なんか出たぁ!!」
叫びながら走る子狼は、目の前に飛び出した巨大なフェンリルにぶつかった。尻餅をついて目を瞬く。灰色魔狼は、小山ほどのサイズを誇るように吠える。その足元に滑り込み、アミーは父を呼んだ。
「お父さん!」
「ん? もしかしてアミーか」
聞き覚えのある声に続き、ひょいっと顔を覗かせたのはルシファーだった。その横からリリスやイヴも顔を出す。ヤンの上はかなり人口密度が高かった。次々と大公女や子ども達が覗く。騒がしいが、とても頼もしい味方だった。
「どうした?」
「何かいます! 首を絞められて」
説明する間に、伸びてきた細い腕がアミーを狙う。飛び退いた子狼を追う手が、しゅるりとヤンの前脚に絡みつく。
「我が君、こやつ魔力を吸いますぞ」
危険だと警告するヤンに頷き、結界で弾いた。強大な魔力を誇る魔王の結界が展開すると、その魔力のおこぼれを期待するようにまとわりついた。ぐるりと囲んで、魔力を吸い出そうとする。
「リリス、イヴを頼む」
「任せて!」
頼られたと喜ぶリリスだが、この「頼む」に含まれた意味を、両者が取り違えているのは幸いだろうか。ルシファーは「無効化を使わせないでくれ」の意味で使用し、リリスは言葉通りに受け止めた。
同じ言語を使う夫婦であっても、すれ違いはこうして起きる。抱っこされたイヴは「めっ!」と叫んで手を振り回す。いつもなら無効化が発動するが、リリスが触れているときは別だった。イヴの能力の源は、魔の森だ。孫であるイヴも自由に使うが、娘であるリリスの方が森に近い。
リリスが「任された」と浮かれている間は、確実にイヴの能力は封じられた。大公女達もただ手を拱いていない。すぐにヤンの背で位置を変えた。幼く不安定な子どもを中央に集め、イポスとアベルが護衛についた。
「こっちは任せろ」
請け負ったアベルの言葉を信じ、シトリーやレライエがヤンの背から飛び降りた。リリスはイポスの近くに移動する。ルシファーが作った結界は、リリスやイヴを基準に半円形に張られていた。
「私も手伝うわ」
娘を置いたルーシアも滑り降りる。水の波紋を使った壁を作るルーシアの後ろで、炎を得意とするレライエが攻撃用の火炎を練り上げる。シトリーは風を操って触手に似た腕を切り落とした。
一度切れてもまた繋がり、ぬるぬると動く腕に「うげぇ」とアベルが嫌悪感を示す。子ども達が真似をして「うげぇ」「げぇ」と繰り返した。
「ちょっと! 変な言葉教えないでくれ、ない、か!」
練った高温の炎を、数回に分けて投げるレライエに叱られ、アベルは身を竦めた。
「一気に焼き払うか」
炎による攻撃に怯んだ腕を見て、ルシファーが魔法陣を構築する。発動させて投げようとしたタイミングで、乱入者が現れた。




