311.お振舞いは祭りのマナー
「あんたじゃないな、似てるが」
綿あめ屋台の店主は、困惑顔だがきっぱり否定した。ザラメに味をつけるアイディアは、別の人だったらしい。だが日本人と断言していた。となれば、種族を勘違いしたのか?
あれこれ尋ねるものの、本人が種族は日本人と言ったようで、店主も困ってしまった。日本人は新しい種族で人数も少ないから、すぐお嬢さんが特定できると思っていたのだ。どこへ支払ったらいいか、迷った店主はルシファーへ押し付けた。
「どうにか探して、渡しておいておくんなさい」
「いや……手がかりが余りにも少ない」
さすがに探せる自信がないんだが? 押し付けられた特許分のお金が、屋台の前で行き来する。アンナはしばらく考えていたが、もしかしてと呟いた。
「私に似ている子なら、スイかも知れない」
日本人に分類されるのは、現時点で異世界転移の3人とその子ども達だ。アンナとイザヤの間に生まれたスイ、ルイの双子は日本人である。アベルとルーサルカの子は、長男エルは半獣人だった。次男のリンはまだ幼い。お嬢さんと呼ばれる女性となれば、消去法でスイしか残らなかった。
「アンナではなく、娘のスイか」
なるほどと頷くルシファーは、押し付けられた特許料を収納へ入れた。持ち主がはっきりしたなら、受け取っても問題ないだろう。
一般的に魔族は家族であっても、財産の管理は個々に行う。後のトラブルを避けるためだ。長寿なので、余計に財産管理は気を使う分野だった。
日本人であるアンナの感覚も、今では魔族寄りになっている。娘スイが受け取る報酬なら、彼女自身が管理すべきだ。親だからと代わりに受け取る気はなかった。母アンナへ、娘スイへの伝言を頼んで終了だ。
ルシファーは周囲に集まった子どもの数をざっと数え、店主に支払いを済ませた。イヴとリリス用に綿あめを追加購入し、残ったお金で子ども達へ振る舞うよう声をかける。あちこちから礼の声が上がり、子ども達は受け取った綿あめを振り回しながら、勢いよく駆けて行った。
祭りの間は何度もこういった振る舞いを行う。お菓子の後は絵本やおもちゃを扱う屋台を周り、イヴに強請られた絵本を数冊購入した。お腹が空いたとリリスにせがまれ、肉や魚の串焼きを数本購入。少し先のテントの下へ入り込んだ。
ここは購入した物を食べるため、テーブルや椅子が用意されている。城下町の中央付近にある広場を利用しており、過去にリリスがワインを一気飲みした思い出の地でもあった。もちろん、リリスはそんなこと覚えていない。
「イヴ、私のお膝にいらっしゃい」
「あい!」
手を伸ばす妻へ娘を渡し、購入して運んだ料理をテーブルへ並べる。ふわふわと浮かせて運んだ料理は、まだ湯気が出ていた。無邪気に手を伸ばすイヴを止める。
「まだ熱い、痛い痛いだぞ」
「うぅ」
以前に火傷したことを思い出し、イヴは慌てて手を引いた。でも食べたい。止める理性と食べたい欲望がせめぎ合う幼女へ、ルシファーは苦笑いした。こういうところもリリスにそっくりだ。
喉をつかないよう、一番上を食べてから冷気で冷まして差し出した。串を掴んだイヴは目を輝かせる。
「こうやって食べるのよ」
ルシファーが食べた串の一番上の部分を、反対の手で握るよう教えた。両手で串を掴んでいれば、転んでも刺さる可能性は下がる。横から齧る形になるので、喉に刺さる危険も避けられた。
もぐもぐと食べるイヴは、頬や唇、鼻にまでソースをつけて頬張る。微笑むリリスが、濡らしたハンカチでイヴを拭く。浄化で落とすのは最後にして、ルシファーは見守った。
周囲で盛り上がるドワーフがワインをがぶ飲みし、吸血種が踊る。精霊は光を放ちながら、ドラゴンと空を彩った。昼間から酒が振る舞われ、城下町は騒ぎに包まれる。即位記念祭を無事に迎えることは、魔族にとって重要で、とても大切なことだった。




