310.新しい綿あめは人気商品です
屋台の間を歩けば、あちこちから呼び込みがかかる。純白の魔王と黒髪の魔王妃や王女、誰もが笑顔で手を振ってくれた。機嫌よく振り返すイヴは、大きな飴を口に入れて転がす。「えい」の掛け声で、周囲に無効化を振り回す危険があるので、声が出せないよう考えた結果だった。
「ほぁあはは、ふぅ」
イヴが発した意味不明の声に、ルシファーが頷く。
「ああ、これが欲しいのか。ひとつくれ」
リリスで鍛えた翻訳機能は、現在も大活躍中である。イヴが視線で示したピンクの袋を指さし、きちんと小銭で買い物を済ませた。過去に宝石で支払おうとしたり、金の塊を取り出して値段分削ろうとして騒ぎを起こした魔王も、さすがに数万年もすれば成長する。
お祭りのときは、おつりが出ない小額のコインが便利だと学んでいた。少し色を付けてサービスを得るのも忘れない。慣れた様子で受け取ったのは、綿あめだった。リリスも大好きだったふわふわのお菓子に、イヴは大興奮だ。袋の中にいきなり顔を突っ込んだ。
「待てっ! 中に長細い棒が……」
注意したルシファーは、イヴの首根っこを掴んで引っ張り出す。が、彼女は器用に棒を咥えていた。つるんと抜けた綿あめが落ちるのを、リリスがふわりと受け止める。ついでにぱくりと齧った。
「美味しい。味が付いてるわ」
「え?」
以前は甘いだけだったが……半信半疑でルシファーも口に含み、じっくり味わう。捕まえられたイヴは綿あめに届かず、ぶんぶんと杖を振り回し怒った。苦笑いしたリリスが口元へ運び、イヴも大きく口に頬張る。
確かに以前はなかったフルーツの味がした。驚いて店主に声を掛けると、あっさり事情を説明される。日本人のアイディアだそうだ。ザラメを熱して綿あめに加工するが、そのザラメ本体に果汁で味を付けたらどうか、と。
「いい案なんで採用したんだが、あのお嬢さん、特許を取らなかったみたいでな。悪いから売り上げから差し引いて貯めてるんだ。いつもの3倍は売れてるし、お嬢さんを発見したら受け取りに来るよう伝えて……あ、魔王様に渡してもらえばいいんか」
「ん? 預かってもいいが。特許を取り損ねたなら、早めに申請させるとしよう」
お願いしますと頭を下げられた。店主も黙っていればいいものを、正直にルシファーへ事情を明かすあたりは真面目である。ごっそりと金が詰まった革袋を揺らされ、苦笑いして回収した。受け取りの書類をさらさらと作成し、店主へ渡す。
普段は書類作りを面倒がるルシファーだが、こういう時の対応は早い。イヴはもうひとつ欲しいと泣いて騒ぎ、ルシファーが買い与えた。その横でリリスが「泣いたら貰えると思ったらどうするの?」ともっともらしい叱り方をする。だがリリスも同じだったんだが……とは言えず、曖昧に微笑んでおいた。
日本人のお嬢さんといえば、思い浮かぶのはアンナだ。すでに既婚者だが、日本人は若く見える。今日は休みで外に出ているかも知れないな。予定を思い浮かべ、明日でもいいかと肩を竦めた。
「あ、アンナだわ」
諦めた途端、リリスが指さす先にアンナを見つける。夫イザヤと腕を組み、幸せそうに歩く彼女に声をかけるかどうか。一瞬だけ迷うが、特許申請は後日でいいと思い呼び止めた。
「アンナ、果汁でザラメに味を付けるアイディアの特許申請を忘れてるそうだ。店主からこれを預かったぞ」
「魔王様? 何のお話でしょう」
きょとんとした顔のアンナに、リリスが首を傾げる。隣でルシファーが不思議そうな顔をすると、イヴが真似して顔を両手でくしゃっと歪めた。正直、そこまで歪めてないぞ。ルシファーが「イヴ、それは可愛くないぞ」と頬を包む両手を離すよう促す。
「じゃあ、日本人のお嬢さんって……誰だ?」
ひとまず店主にもう一度話を聞いて、面通しをすることに決まった。




