304.忘れていたアイツの復活
イヴとリリスのドレスが届き、お祭りまで1ヶ月を切ったある日。青ざめたアムドゥスキアスが、執務室の窓を突き破った。正確に表現すると、彼は真っ直ぐに突進し、途中で窓に気づく。だが止まれないので魔法で粉砕し、ガラス片の中を滑空して着地したのだ。
「アドキス、窓を壊すな。ベールやアスタロトに叱られるじゃないか」
ぶつぶつ文句を言いながら、復元魔法でガラス窓を元に戻す。テラスへ出るための扉も兼ねているので、開け閉めして蝶番の具合も確認した。問題ない。ほっとしながら振り返ったルシファーの腹へ、翡翠竜が飛びついた。
「た、大変です」
「まったくだ。お前のせいで復元魔法を使う羽目に陥った。危険だから次は廊下から入るように」
ガラス窓を割った話だと思い、眉を寄せて注意するルシファーの腹部で、アムドゥスキアスが泣きながら首を横に振る。何か様子がおかしいと気づき、聞く姿勢をとった。といっても、腹の上にしがみついた小型ドラゴンは離れない。
「あ、邪悪なものが復活しました」
「邪悪?」
首を傾げて、記憶を辿る。そんな二つ名をもらった奴がいたような、いなかったような。うーんと唸って、思い出した。
「ああ、いたな。そんな名前をもらった奴……えっと、邪龍だっけ」
邪悪な龍と称される通り、彼はルシファーの治世を脅かした敵である。神龍に似た外見を持つが、特徴は竜族の方が近い。とにかく乱暴で、空を飛ぶドラゴンに対して攻撃を……。
「それです! いたんですよ、襲われかけました」
襲われかけたけど、襲われてはいない。意味をしっかり理解して、ルシファーは続きを促す。チビ竜は大きく手を広げ、身振り手振りで説明を始めた。
「こんなに大きくて、長くて、色が黒いのに光ってて、銀のラインが入ってるんです。3本もですよ? 片目が潰れて、もう片方の目は白かったけど濁ってて」
「間違いなく、アギトだな」
外見の特徴が一致する。2万年ほど前に戦って勝ったのは覚えているが、どう処理したっけ。
「ルシファー様、こちらの書類に署名をお願いします。急ぎです」
文官へ振り分けた書類に混じった重要書類を回収したアスタロトが戻り、ルシファーは魔族の生き字引に尋ねることにした。
「なあ、アギトの処罰は封印だったかな」
「ええ。2万年ほど眠ってろと仰って、複雑な結界を張っていましたね。そろそろ封印の期限切れじゃないですか?」
解放される時期だろう、とアスタロトは言い切った。それを聞いて、翡翠竜は震え始める。
「僕、出会ったんです。飛んでる僕をいきなり食べようとしたんですよ。がぶっと、ほら……ここを齧られて」
被害を訴える翡翠竜が指差す尻尾の先、ほんのわずかな切り傷がある。よく言う「毛筋ほど」の傷だ。血が滲んでいるが、ケガと称するには浅かった。
「これ、か」
「はい。もう尻尾が千切れたかと恐ろしくて、全力で逃げました」
誇らしげに逃げたと胸を張る姿は、とても実力で大公候補に残ったドラゴンには見えない。普段の小型サイズの上、内容があまりに情けなかった。
「なるほど。アギトが復活した……となれば、空を飛ぶ魔物を食べたのは彼ですね」
「多分な」
曖昧にぼかしたものの、他に犯人はいない。急に魔物が減り出した時期は、憶測だが数ヶ月前だろう。その頃に結界が解けて、目を覚ました。2万年も眠ったら、さぞ腹が減っていたはずだ。手当たり次第にワイバーンやコカトリスを捕まえ、貪り食ったのはほぼ間違いない。
「この場合、誰が悪いんだ?」
「ルシファー様ですね。起きる時期を忘れていたのもそうですが、起きた後の食事の手配もしませんでした」
「オレ?」
そんなに悪いことしたかな。空中を睨んで考えるが、反論が思いつかなかった。ルシファーは気づいていない。アギトと呼ばれる邪龍の復活を忘れていたのは、アスタロトも同罪と言うことを。




