303.人材不足を嘆くもすぐ穴は埋まる
魔王軍の巡回任務に、新たな指示が加わった。空を飛ぶ魔物を見つけたら、渡された魔法陣を貼り付けろという命令だ。それぞれの居場所を感知して、生死も伝えるらしい。誰に伝えられるのか、纏める気の毒な人は誰か。軍の中で少しばかり同情を込めた噂が広まった。
「計測結果を受ける人が気の毒だそうですよ、ルシファー様」
「ん? 普通はそうかも知れんが。そんな面倒なことを誰かに押し付けるわけないだろ」
当然のようにルシファーが受信している。新しく魔法陣を付けられた個体の情報を記録し、ぽんと空中へ手帳を放り投げた。数十匹に取り付けられたが、すべて番号順で管理する。
「意外といいかも知れない」
ぽつりと呟いた。魔族に関しては戸籍制度を導入することで管理が出来る。だが魔物はいつ生まれて死ぬか、ずっと追跡する理由も価値もなく放置されてきた。勝手に増えて勝手に間引きされる。その認識で、今回は絶滅寸前まで気づかない事態に陥った。
「普段から管理する方法を考えよう。自動筆記か何かで」
「子を産んだ個体から、魔法陣を分岐で与えることが可能になれば、実現できますね」
少ない発言から真意を汲み取ることに掛けて、アスタロトは優秀だ。それだけルシファーが突発的に思い付きを口にして、その意図をうまく説明できなかった証拠でもあった。過去の苦労はアスタロトに特殊技術を身に着けさせるほど、酷かったらしい。
「その辺の改良は……うーん」
ルキフェルに任せたい。彼の研究所なら、きっと方法を編み出すだろう。だがいい加減、ルキフェルへの負担が大きすぎた。他に魔法陣に興味があり、豊かな発想を持つ人材がいれば……。
「人材採用も考えるか」
「ルキフェルにこれ以上仕事を任せたら、怒り出しそうですからね」
誰がと明言を避けたが、二人の脳裏に浮かんだ人物は青い瞳を怒りに燃やす銀髪の麗人だった。本気で怒らせると厄介だ。目配せし合った二人の気持ちは珍しく一致した。頷き合い、人材の選定に入る。魔術の知識があって好奇心と探求心、知識……様々な観点から探すが、ルキフェルに行きついてしまう。
「結局のところ、実験も出来ないと困るし」
「実験で失敗した時に解決する能力も必要ですから」
二人でがくりと肩を落としたところへ、鼻歌のリリスが顔を覗かせる。途中で音が妙な跳ね方をするが、気づかないフリで流した。
「ねえ、一緒にお茶しない? ロキちゃんとベルちゃんも呼んだの」
あの二人がいるなら、相談してしまおうか。ルシファーは一緒に向かうことにしたが、アスタロトは数枚の書類を処理してから追いかけるらしい。彼を残して腕を組んだ夫婦は、仲良く階段を降り始めた。いつも通り温室でお茶をするのかと思えば、裏庭へ向かう。
アスタロトは魔力を追って来るから、居場所の連絡は必要ない。促されて進む先は、どうやら居住区域のようだった。魔王城に勤める者に割り当てられた区域で、日本人や大公女達もここに部屋を持っている。レライエが使う部屋の隣、未使用の客間にお茶が用意されていた。
「アドキス、早く! 魔王様がいらした」
「はい、ただいまぁ!」
小さな翡翠竜が、籠をぶら下げて飛んで来る。中にお菓子が入っているようだ。すでにルーシアがお茶を淹れ始めており、勧められた椅子に腰かける。リリスは当然のように膝に座る。リンやゴルティーと遊ぶイヴは、ちらりとこちらを見たが戻る様子はなかった。
「そういえば、アムドゥスキアスは災害復興担当だったな」
「最近は仕事がないです。いいことですよ」
まったり返事をする翡翠竜をじっと眺め、ルシファーはにやりと笑う。びくりと身を竦ませたアムドゥスキアスは、その後から合流するアスタロトと共謀した魔王に「魔法陣開発」を命じられる。手近なところに、暇で魔力豊富なドラゴンがいて良かった。ルシファーはご機嫌でお菓子に手を伸ばした。




