301.ワンピースを大量新調
父親譲りの銀瞳を輝かせ、イヴは「あれ」と指さした。即位記念祭で着用する服選びなのだが、お披露目用のドレスはすでにデザインが決まっている。仮縫いも無事終わり、両手でお菓子を頬張っていた。そこへワンピースが数着差し出されたのだ。
「こちらは?」
「やぁ!」
嫌だと意思表示し、隣のオレンジ色のワンピースを指さす。4歳になったとはいえ、リリスと違いイヴの成長はゆっくりだった。高魔力の魔族らしい成長速度で、まだ1歳半くらいに見える。体も小さいが、言葉遣いも未熟だった。
「こちらのオレンジ、それからミント……ラベンダー色のも縫い上げましょう」
アラクネ達は「可愛い」を連呼しながら、ワンピースの手配を行う。決まったワンピースを後ろへ回すと、別のアラクネが受け取ってその場でサイズ直しを始めた。8本の脚のうち4本は器用に布を固定し、上半身2本の手で縫い上げていく。
あっという間に2着が仕上がった。ほとんど形を決めてあり、サイズ調整だけなので当然なのだが……イヴは手を叩いて喜んだ。
「すごぉい! もっと!」
興奮した幼子の要望に、アラクネ達も応える。選んだワンピースの色違いまで縫い始めた。ちょっと数が多いのだが、そこへルシファーが顔を見せた。自分の打ち合わせが終わり、大公女達の試着も一段落したと聞いたので、ノックして返答を待って滑り込む。
「この辺のワンピースを買ったの」
「ん? 少なくないか?」
リリスが指さす先を確認し、ルシファーは眉を寄せた。積まれたワンピースの数は10着ほど。即位記念祭は一週間以上が原則だ。もし汚したりして着替えが必要になったら足りないと言い切った。思わぬ発言に、アラクネ達は新作を即興で作り始める。
魔王夫妻が連れ歩くお披露目のご息女……それはもう注目の的だろう。次回の即位記念祭を待たずに、注文が舞い込むに違いない。先ほどイヴが選んだワンピースを参考に、フリル多めレースは少なめのデザインをいくつか提案した。
「これと、こっちもいいな」
「これ、やぁ」
「可愛いぞ、ほら」
鏡の前で当ててみると、悪くない。イヴもそう思ったのか、食い入るように鏡を覗いて「いる」と呟いた。彼女のOKが出たので、そのワンピースも仕上げに掛かる。
着々と積まれる服は、カラフルだ。黒髪は意外となんでも似合う。その意味では純白の魔王も同じだが。イヴはルシファーの腕の中で、ご機嫌で歌う。鼻歌に近い曲は、子守唄としてよく聞く歌だった。
「イヴは歌が上手ね」
褒めるリリスに、さらに得意げな顔で声を上げる。歌い終えたところで、また縫い上がったワンピースが積まれた。アンナ命名のキュロット、ひらひらのブラウスも足される。この辺はリリスのチョイスだった。
「着替えはいくらあってもいいわ」
幼子を持つ親共通の感想は正しいが、この夫婦の場合は汚れたら浄化すればいい。そのための魔法なのだが、すっかり頭から抜けているようだ。リリスは単に着せ替えたくて口にした可能性もある。
「請求書を回してくれ。いつも出向いてもらって悪いな。助かってる」
当たり前に挨拶へ感謝を混ぜ、ルシファーはアラクネ達を見送った。そこからイヴが飽きるまで着せ替え遊びに興じる。疲れて欠伸する娘が目を擦るのを止めて、ようやくお開きとなった。
大量の服は半分だけ予算へ請求され、残りはルシファーが私財から支払った。もちろん側近達に叱られないためだったが、アスタロト達は気づいている。バレなかったと胸を撫で下ろす魔王を見ながら、今日も大公達はこっそりと記録に残した。今回の魔王史も、本人の知らない秘密がいっぱい記載されることだろう。




