299.目玉飴で思い出すハロウィン
イヴは新しいドレスの試着に向かい、当然母親のリリスも同行した。いそいそと後ろを付いて行ったルシファーだが、アラクネ達に「淑女の試着です」と追い出される。リリスもドレスのサイズ合わせをするらしい。その後は大公女達も順番待ちだった。
絹の原料である巨大蚕を育てるところから、糸にして取り出し布に織る。さらにその生地を使ったドレスの縫製まで、一手に引き受けるアラクネの即位記念祭の忙しさは、おそらく魔族一だろう。魔王城が半年前から調整を始めることもあり、他の貴族は事前に衣装を作らせている。
ぎりぎりに注文すれば、忙しくて断られることを経験から知っていた。先祖代々「予約は5年目がねらい目」などと言った情報を受け継ぐ。魔族にとって、即位記念祭は最高の晴れ舞台だった。4歳以上のお披露目でお祭りデビューし、死ぬまで10年ごとに着飾って参加する。
今のように転移魔法陣が設置される前は、そのお祭りのために隣の大陸から数ヵ月かけて、一族で旅をする種族もいるほどだった。ここ最近は気軽に魔王城へ来られるので、今度は転移魔法陣の利用順をめぐって、話し合いが持たれている。ケンカ両成敗で参加できない事態を避ける知恵は、魔族らしい。
「ところで、何で俺がこんな気味悪い飴を作る羽目に」
「仕方ないだろう。絵を描いて説明しても上手に伝わらなかった」
ぼやくアベルと、溜め息をつくイザヤ。どちらも手を止めることはない。文字通りダジャレの「目玉商品」にするべく、妻アンナに命じられたイザヤは、書きかけの新作を放り出して飴づくりに没頭する。その隣で娘スイが完成品の飴の表面を軽く溶かして固めた。艶出し作業だ。
「姉さん、これもう一回」
「あら、裏側がいまいち」
ダメだしされた姉スイは、弟ルイの指摘場所を確認して、もう一度艶出しをした。本物そっくりのリアルな目玉飴を、真剣に扱う娘に父イザヤは複雑な心境だった。これが日本で育った子なら、悲鳴を上げるんだろうか。それとも女子学生特有の「カワイイ」を連発して口に入れる……映像がグロいな。
想像をいったんストップし、黙々と手を動かす。文句を言う割に、アベルは真剣に飴づくりに取り組んだ。リアルに血管まで再現しなくていいと思う。色違いをいくつも作ったり、血走った目を作成したりと楽しそうだった。そういえば、こんなお祭りあったな。
「……あれは、ハロウィン?」
「ああ、懐かしい! そっか、どこかで見たようなと思ったら、ハロウィンか」
納得した様子のアベルは、さらに飴を量産する。スイが艶出ししたリアル感満載の目玉飴は、ルイによる検品チェックを経て彼の手で梱包された。この世界に石油製品であるビニールは存在しない。そこで魔法をかけたリボンによる装飾が役立つ。
城下町で売られる飴は、とてもカラフルだ。丸い飴もあるが、飾り細工の飴も流行っていた。蝶や鳥、花をモチーフにした飴は薄く割れやすい。そこで持ち帰り用に開発された魔法陣を刺繍したリボンを、飴の棒に巻く。これで魔法陣が飴と棒に作用するため、溶けたり割れる心配がなかった。
この魔法陣リボンは、使い捨てなので安い。大量購入して目玉飴の棒に結ばれた。用意した箱にしまっていく。当日は二重底を利用した箱を裏返し、飴を小さな穴に突き立てて並べる予定だ。一番底になる板にだけ穴をあけ、内側の二重底は穴を開けない。こうすることで飴が安定するのだ。
ここで魔法を使わず、物理で固定しようと工夫するあたりがアベルもイザヤも、日本人の気質が出ていた。魔族なら誰かに「固定魔法陣持ってないか?」と尋ねれば終わりだろう。
ちなみに、大公女達は仮縫いの順番が来るまで、ジュエリー飴の製作に没頭した。飴を固定する土台を竹細工にしたことで、香りもよく加工しやすくなる。プラスチックがないなら、代わりの素材を見つければいい。アンナ苦肉の策だった。
大量の飴が生産され続ける魔王城は、しばらくの間「甘い匂いが漂う」と噂になるのだが……当日、誰もが「ああ、これか」と納得するのだった。




