292.かつての敵も絶滅危惧種
即位記念祭に必要な衣装の手配や、予算の配分を指示する。その合間に、狩猟許可の条件を再検討した。コカトリスの唐揚げが有名になったことで、一時期乱獲があった。それを抑えるため、狩猟頭数は報告義務がある。どうやらその数量に「意図的な漏れ」があるようだ。
コカトリスだけでなく、なぜかワイバーンも生息数が減っていた。魔物は駆除対象だが、全滅させれば生態系が崩れる。空を飛ぶ種族だけが激減している事実から、捕獲する側も飛べる種族と判断した。集計結果を持ち込んだベルゼビュートは眉を寄せ、精霊達による監視を申し出る。
「夜間でも監視できる精霊は助かります」
「ドラゴンは夜の視力が半減するから」
ルキフェルが唸る。こうなったら魔王軍を動かすのが早いか。ベールもその視点で申請書を作成し始めた。何でも書類が必要なのは、証拠を残す意味合いが強い。
勝手に動いた者を処罰する目的で、申請書や許可証の類が発行されてきた。手順を踏めば通る要求でも、無許可では犯罪になることを根気よく魔族に浸透させる。数万年に渡る繰り返しで、ようやく魔族は「必要な物があれば申請して許可を得る」ことが当たり前になった。
安全装置のような役目を果たす仕組みだが、これが書類を増やす一端である。どんなに優れたシステムでも、弊害が起きるのは仕方ない。問題はどちらを許容すべきか、であろう。
「アスタロトは犯人の目星がついてるんじゃない?」
そんな顔をしてるわ。本能と勘で生き残った女大公ベルゼビュートは、知ってるなら教えなさいと迫る。が、アスタロトは肩を竦めて首を横に振った。
「まだ憶測です。調査や捜査の方向性を決めることで、別の犯人を見逃す可能性もありますから」
言えない。もっと証拠が集まるまで黙っているつもりの同僚に、ベルゼビュートは「呆れた」と呟く。冤罪を防ぐ目的や、犯罪者が複数の場合を想定した彼の言い分は理解できた。だが、目星がついているなら、裏付けだけで一組の犯人が捕まるのだ。教えてくれたらいいのに。
どちらの言い分も聞いて、ベールが決断を下した。
「軍を動かします。辺境での監視任務に就く空軍の半数を調査に回すので、ベルゼビュートはしっかり監視して下さい」
「いいわ。精霊の協力は取りつけたし、辺境は任せてもらっていいわよ」
大きな胸を張って請け負う。こう言い切った時の彼女は、頼りになった。多少の無理をしても、辺境の生活を守るだろう。その間にベールが動かした軍で、アスタロトが調査を担当する。ルキフェルは統計資料を前に、ワイバーンやコカトリスの生息地と渡る時期を計算した。
「もうすぐワイバーンが繁殖期だね。そういや、いつも即位記念祭と被るんだ」
「以前、リリス様がワイバーンに攫われたのも、即位記念祭でしたね」
きらきらと着飾ったリリスは、繁殖に向かう雄のワイバーンにとってお宝だった。雌にプレゼントする飾りを山ほど身に着けた柔らかく美味しい餌、一石二鳥である。親和性が高いせいで結界をすり抜けた彼女の手はワイバーンに掴まれ、そのまま攫われた。
取り返すまでのあれこれを思い出し、大嫌いな毒蛇に悲鳴を上げる魔王で記憶が締め括られる。その後のワイバーン虐殺祭は、そっと記憶に蓋をした。あれは良くない。楽しかっただけに、大公達の秘密にするべきだろう。
「ワイバーンの数が減ってるなら、繁殖期は注意しなくちゃ」
繁殖時は各地からワイバーンが滝のある森に集う。狙うなら最高の条件だった。雄も雌も数多く集まる上、うまくすれば卵や幼体も手に入るのだ。保護する方法を考えないと、絶滅してしまう。犯人逮捕も急務だが、まずは数を減らさない努力が優先だった。
「皮肉ですね、あれほど惨殺した我々が保護に当たるなど……」
「行き当たりばったりです」
アスタロトやベールの嘆きをよそに、ベルゼビュートは妖艶な笑みを浮かべた。
「関係ないわ。あたくしはしたいときに、したいように振舞うの」
「ベルゼって脳筋」
ぼそっと呟いたルキフェルの一言は、幸い彼女の耳に届かなかったらしい。




