287.悩ましい種族分類作業
じっと見つめる。イヴは同じ銀の瞳で見つめ返してきた。愛娘のきらきらした眼差しに、ルシファーの真剣な表情が崩れる。
「ふわぁ、可愛い」
ぎゅっと抱き締める。にこにこしながら見守るリリスが「そうよね」と同意した。誰もここに異論はないが、今回は別問題である。ルキフェルは唸って考えて込んでしまうし、書類を睨むベールも眉を寄せた。
「ねえ、そうじゃなくて。種族わからないの?」
リリスがイヴを産んで4年目。魔族にとって我が子の4年目は大きな意味を持つ。生まれた赤子はどの種族でも大切に育てられるが、3年目までの生存率が低かった。うっかりミスや何らかの病気、ケガ、様々な要因で亡くなってしまう子も多い。
4年目を無事に迎えられた子は、新たに魔族としてお披露目される風習があった。日本人の知る七五三である。リリスは少し早く3歳でお披露目をしたが、それは即位記念祭に合わせた都合だった。今回はちょうどイヴの4歳記念と即位記念祭が重なるため、準備が必要なのだ。
種族の記載が今回の難関だった。リリスの時は「人族と魔族のハーフ」で通した。というのも、どの魔族の子か不明だったのだ。捨て子だと思われていたこともあり、あまり深く追求せず登録した。だが、イヴは状況が違う。
ルシファーとリリスの間に生まれたことは確実で、父親であるルシファーが単独で所有する「魔王種」に属するかどうかは、重要な懸案だった。ちなみに、リリスはその後「魔の森の子」と判明したため、「魔の森種」という新種でリリンと共に登録し直されている。
「リリスが魔の森種で、ルシファーが魔王種。どっちも特徴や詳細が不明なんだよね」
分類できずにルキフェルが悩む理由はここにあった。ルシファーは単独種族なので、彼と同じ特徴や能力を示してもらわないと分類できない。リリスも同じような状況にあり、魔の森に関する何らかの能力の提示が必要だった。
「イヴ、何かしてご覧」
「やぁ!」
そんな曖昧なお願いをされても、イヴだって困る。嫌だとそっぽを向いてしまった。イヴが示した特徴や能力と言えば、魔王の魔力の無効化と膨大な魔力である。とんでもない能力なのだが、ルシファーやリリスが持ち合わせない能力なので、分類には役立たなかった。
リリスの能力に、ルシファーの魔力との親和性があげられる。これは魔王ルシファーの魔法を受け止めて自分の魔法に変換可能だが、効力が無効になる類ではない。ルシファーに分類するより、リリスの方が近いのではないか? そんな意見も出始めていた。
イヴの種族問題は魔王城の上層部の頭を悩ませるが、思わぬ形で解決する。それは話し合う彼らの脇で起きた。
「まぁ! いってっちゃい!」
一人で何か騒ぐイヴを皆が振り返った瞬間、彼女は背中に白い翼を出した。飛んでいく鳥を見ながら手を振り、窓へ向かって歩いていく。その背中に白い一対の翼が生えていたのだ。それだけなら、両親ともに翼持ちなので問題ないが……頭の上に光る輪が浮かんでいた。
「リリスと同じだ!」
「魔の森種に分類で確定、と」
リリスが翼を出せば、同じように光る輪が現れる。この現象はルシファーにはなかった。ましてや魔王は以前黒い翼だったことも手伝い、ルキフェルは即座に分類を決める。
「もう少し調べてからの方が」
「そんな時間ないよ。早くしないと、こんなに溜まってるんだよ?」
同じ種族だったらいいのに、そんなルシファーの願いを込めた呟きは、大量の書類に押し潰された。イヴの身長と匹敵しそうな高さに積まれた書類は、すべて種族分類待ちの申請書だ。明らかにドラゴンの父親似のドラゴンであっても、魔王城からの裁定が必要になる。
種族名を名乗るということは、魔族にとって重大な出来事だった。リリスの妊娠騒動からベビーラッシュが続いたこと、人族による乱獲や攻撃がなかったことも重なり、魔族の4歳児が例年の数倍規模で増えている。
「うん、ごめん」
手早く処理するルキフェルの向かいに腰掛け、ルシファーも書類の分類を手伝い始めた。イヴは鳥を追いかけて窓辺から手を伸ばし「あらあら」と笑ったリリスに捕獲される。もうすぐ華やかなお祭りの時期が訪れようとしていた。




