266.持て成すのが魔族の流儀
「あ、魔王様はあっちで」
「こっちも手は足りてますんで」
なぜか手伝わせてもらえない。
魔王城の城門前での宴会となれば、城下町から出店が繰り出す。それ以外にも、魔王や大公などの幹部が無料奉仕をすることで有名だった。肉や貝を焼いたり、デザートを振舞ったりする。夜になれば、酒の大盤振舞も行ってきた。
ルシファーの収納空間に入ったままの酒類は、このためにあると言っても過言ではない。普段飲酒をしない彼の収納は、ハイエルフから献上された極上ワインや蜂蜜酒、ブランデーに近い蒸留酒に至るまで。様々な種類の酒が収納されていた。
年数が経てば熟成される酒も多いが、あいにくと収納空間は熟成されない。時間経過がないので、作り立ての若い酒が多かった。逆にイフリートが管理する厨房の貯蔵庫では、じっくり熟成された酒が出来上がる。地下で温度管理をした酒が持ち出され、代わりにルシファーが取り出した酒樽が貯蔵された。
こうして順番に回っていくのだが……今回は酒の振る舞いが早かった。まだ昼間なのに、誰もがワインや蜂蜜酒の入ったグラスを片手に乾杯の嵐だ。そこへ巻き込まれたルシファーは、グラスを持つリリスに飲まされながら、各テーブル周りをしていた。
「魔王様、無事の帰還に乾杯しようぜ」
そう誘われたら断れない。知らなかったとはいえ、3年も留守にしたのだ。それも世界の軸が違っていたから、さぞ心配させただろう。抱き着いたリリスは片手でグラスを持ち、もう片方の手で夫の首に腕を回す。彼女にしがみ付くイヴは、興奮して叫び続けていた。
「イヴに何か飲ませた方がいいかな」
いい加減喉が痛いだろう。心配するルシファーの言葉を受けて、リリスはようやく抱っこから降りた。だが腕をがっちり絡めて、ぴたりと夫の左腕に寄り添う。はしゃぎすぎて興奮が収まらないイヴは、なぜか空中に浮いていた。
「知らない間に娘が滅茶苦茶成長してる」
その成長が見られて嬉しい反面、途中経過を知らない現実に項垂れた。そこへルキフェルによる朗報がもたらされた。
「成長記録? イヴちゃんのなら、ちゃんと録画してる。あとジル、ピヨ、ゴルティーも……自動録画の魔法陣を作ったんだけど、後で改良を手伝ってよ」
親が外出していた間の記録を取り始めたのは、彼らが消えてから3日後だった。大急ぎで睡眠時間を削って作った魔法陣が無駄にならなくて良かった。膨大な記録を撮るために、大量の水晶を供出した民も安堵に胸を撫で下ろしただろう。
その話を聞いて感動したルシファーがとっておきのワインを提供し、宴会はさらに盛り上がる。が、やはりお手伝いは拒まれた。大公であるベールやアスタロト、ルキフェルは浜焼きやら焼き肉の鉄板を扱っているのに……だ。
「オレは魔王として、もう用なしなのか」
しょげる魔王の肩に届かないドワーフが、二人で肩車してまで肩を叩いた。小柄な酔っ払いはそのまま後ろにひっくり返り、仲間にげらげら笑われながら起き上がる。何しろ掘削中の落盤事故でも生きている彼らのこと、ケガひとつなかった。
「まあまあ、魔王様の価値は俺らも理解してっからよ」
「妙な心配しねぇで、ほら飲みな」
「なんてったって、あんたが主役だ。姫さん……じゃなかった、お妃さんと食って飲んで。しっかり夜もお勤めを果た……ぐへぇ」
下世話な方向へ向かった話を遮るドワーフの奥方が、後ろから夫の首を絞める。苦しみながら回収される姿を、微笑ましく見守った。数万年前に初めて見た頃は驚いたが、今では恒例行事のような光景だ。
「そっか、主役か」
「そうさ。この世界の主がご帰還とあれば、持て成すのが魔族の流儀ってね」
奥方はそれだけ伝えると、リリスにウィンクして酔っ払いの世話に戻る。日暮れが周囲を赤く染める中、隠れてリリスとキスをした。ふわふわ浮いているイヴにも……。それから、行方不明にならないよう我が子の腹に迷子紐を括りつけた。




