265.それぞれにご満悦
ルシファー達の姿に気づいた侍女や侍従が、興奮した様子で駆け寄る。騒ぎはすぐに広まり、各地へ伝令が飛んだ。不在だった魔王の帰還は、各種族からお祝いの品や言葉を贈られるほど盛大に祝われる。
つまり……いつも通りの宴会スタートの合図だった。
「執務はいいのか」
「ご安心ください。たくさん溜めてあります」
笑いながら言われて、苦労を掛けたのだと理解する。口は悪いが人はいい。ルシファーの大公達に対する評価だが、一部からは否定の声が上がるだろう。すぐに掻き消されてしまうが。
エルフの子はすぐに両親と再会した。リザードマンの兄弟とまた遊ぶ約束をして帰っていく。見送った兄弟の迎えは、少し遅れていた。どうやら魔王ルシファーへのお礼の品を携え、族長自ら顔を出すようだ。準備中の宴会が始まる頃には、転移魔法陣で到着するだろう。
各地に設置された転移魔法陣は、魔法が使えない魔族でも使用可能だ。そのためヤンは家族に顔を見せると決め、ルシファーに休暇を願い出た。すぐに許可され、魔熊や魔狼の子を背に乗せて転移魔法陣に飛び乗る。いつもなら走って行くのだが、早く子ども達を親の元へ返してやりたいのだとか。
「ママは?!」
「実家に帰ったぞ」
表現の悪い答えに、ピヨは青褪めた。いや、元から青いヒナなのだが……いっそう顔色が青くなる。助走を付けて全力疾走しながら、空中に舞い上がった。
「アラエルぅ、たぁすけてぇ」
空中で叫んだピヨの元へ、大急ぎで城門から飛んできたのは番の鳳凰アラエルだ。器用に背中で受け止めると、くるり旋回する。ピヨから辺境へ向かうよう指示を受けたアラエルが、大きな咆哮を上げて飛んでいく。
「火花が迷惑だな」
魔の森に燃え移ったらどうする。ルシファーがぼやくと、容赦ないアスタロトの指摘にベールが同意した。
「あの声もうるさいですね」
「あいつ、ヤンと違って休暇取ってない」
いま気づいたルキフェルが空中を見るが、すでに鳳凰の姿はなかった。魔の森は滅多なことでは燃えないので、高い位置を飛んでくれれば問題ないだろう。何かあれば連絡が入るし。まったりと見送った上層部は、顔を見合わせて苦笑いした。
「エリゴスが離れないのよ」
困ったような口調で言うくせに、満更でもないベルゼビュートは人型の夫に抱き締められて笑う。豊かな胸を後ろから腕で覆うエリゴスは、無言で首筋の匂いを嗅いでた。
その後ろでレライエの抱っこ袋を堪能するアムドゥスキアスが「幸せ」と頬を染める。結婚までは頻繁に利用した抱っこ袋だが、ゴルティーが生まれてから奪われていた。しばらく離れた間にゴルティーも成長し、飛び回るのに夢中だ。翡翠竜はようやく、落ち着ける妻の抱っこ袋を取り戻したらしい。
久しぶりに再会した夫婦はそれぞれに愛情を確かめ合う。当然、その中に魔王夫妻も含まれた。リリスがべったりと甘えて離れない。話をする間も、それ以外の時も……ルシファーの腕に姫抱っこされてご機嫌だった。
当然リリスはイヴを抱いているので、文字通り妻子を腕に閉じ込めた魔王の気分も上昇する一方だ。調子のずれた鼻歌を歌うリリスの胸にしがみ付くイヴは、そっくり同じ調子で鼻歌を真似る。上手に鼻歌が出来ず、口で真似しているが……音痴はこうやって遺伝するようだ。
「音程とリズム感は直した方が良いのではありませんか?」
「音楽の教師を付けたらいいよ。歌の上手い種族がいたじゃん。えっと……ハルピュイアとか」
ベールやルキフェルの声を無視して、リリスは久しぶりの夫の腕を堪能する。行方不明の子どもが全員無事見つかり、探しに行った者も誰一人欠けることなく帰還した。魔族が盛り上がるのも無理はない。大宴会は目前だった。




