262.帰る手段の仮説を立てる
「人の顔を見て腰を抜かすなんて失礼だぞ」
ルシファーに注意されるアムドゥスキアスは、がくがくと震えながら後ろに下がった。尻を引きずっているが、当人は気にしていない。ベルゼビュートは戦いに誇りを持っているため、これは弱者と位置付けて距離を置いた。
「大変失礼した。言葉は理解できるだろうか」
姿勢を低くしたルシファーが問いかける。目線を下げて屈んだが、まだ高さは合わない。手のひらに乗りそうな小柄過ぎる彼らは、かつて湖で発見したホムンクルスに似ていた。実験で生まれたわけではないので、種族は違うだろう。
ルシファーの顔を見つめ……ているのか不明だが、正面から顔を合わせて近づいてきた。尻尾を巻いたヤンが、子ども達を毛皮で包んで保護する。手のひらを上に向けて差し出したルシファーに対し、彼らは物怖じせずに飛び乗った。
「キュー!」
ネズミのような鳴き声をあげると、ヤンがぴくぴくと耳を動かす。
「言葉は理解できているそうです」
「ならば魔族と判断できるな。微弱ながら魔力も感じる」
手に触れる距離なら、見落としそうな魔力も感知できた。ここからはヤンの出番である。腰を抜かした翡翠竜を横抱きにしたベルゼビュートは後ろに下がり、収納から取り出した敷き物を広げた。柔らかな毛皮は、魔力を持たない獣から採取した戦利品だ。
「ほら、ここでお昼寝しましょうね」
ベルゼビュートは慣れた手つきで、子ども達を並べた。母親になった経験がいい方へ働いている。中央に座り、リザードマンの兄弟とエルフの少女に膝を貸した。ぽんぽんと肩を叩いたり、頭を撫でながら子守唄を歌う。
風の音に似た心地よさに、子ども達は目を閉じた。この世界に落ちてから、不安と恐怖できちんと眠れなかったのだろう。あっという間に熟睡してしまった。ルシファーの結界と精霊女王に守られて、安心しきっている。
「なるほど」
魔獣の言語を話せないが理解するルシファーは、ヤンを通訳にこの世界の状況を聞き出した。直接尋ねられないのはもどかしいが、発声する喉が違うのだから仕方ない。あれこれとヤン経由で質問を行い、大まかな状況を掴んだ。
元からこの世界は魔力が少ない。そのため、魔力が満ちた世界との接近は多々あったらしい。魔力そのものが一種の引力を作り、不足しているこの世界へ流れ込んだ。しかし元々世界の魔力がゼロに近いため、大き過ぎる魔力を持つ者は通れない。
この子達が通れたのは、幼く魔力が安定していなかったから。それに加えて、偶然にも引力に引っかかった。魔力がほぼゼロの世界に落ちて干渉されると、魔力量が制限される。ルシファーやベルゼビュートなど、大きな魔力を持つ者ほど、その干渉による影響を強く受けた。
使えない魔力は体内を巡り、消えることはない。外へうまく出せなくなっただけ、と表現すれば近いか。収納空間が使えたのは、己の体内の魔力を引き金にする魔法だからだ。外へ放出する魔力を使わなければ、結界や身体強化は問題なく使えるのだろう。
状況を整理し、ルシファーは頭の中で仮説を組み立てた。この世界から帰るには、大量の魔力を放出して弾き出されたらいいのか? だが弾かれた先の座標を、自分達の世界に固定しなくてはならない。
「誰かの魔力を終点にする。オレはリリスだな」
「あたくしはエリゴスにしますわ」
「いや、無理だろう。もっと大きな魔力がいい」
馴染んだ魔力であっても、エリゴスは魔獣に近く魔力量が少ない。万が一の失敗で、命を危険に晒すことは許されなかった。
「では……」
「アスタロトはどうだ?」
「絶対に嫌ですわ!!」
全力で拒否され、ベール、ルキフェルと名を変えていき……最終的に同じリリスで落ち着いた。別に抱き付くわけじゃあるまいし、座標なんて誰でもいいじゃないか。そう呟いたルシファーだが、彼もアスタロト達を終点にしない時点で、同類だった。




