259.攫われた状況の確認から
「小さな、このくらいのお人形みたいでした」
説明が理解できない。子どもは意味不明な単語を用いたり、独創的な表現をすることも多いが……人形? 引っ掛かったルシファーが首を傾げた。ラミア達はリザードマンより小柄だが、人族より背が高い。エルフの子が「小さい」と表現するのはおかしかった。
「小さいのか」
「ええ。ラミアのお人形かと思ったの」
蛇女族は子育て期間が集中する。そのため人形や揺籃に工夫をして、交代しながら少人数で赤子の面倒を見る習性があった。普段通りの食料調達や洗濯などを行う班と、子どもの面倒を見る班が分かれる。子育て班を交代制にすることで、育児ノイローゼも回避する作戦だった。
見事な連携を見せるラミアだが、彼女らは端切れを使って人形を制作する。以前、幼いリリスを連れて視察に向かった際も、ラミアを象った人形を貰った。近隣で暮らすエルフなら、ラミアの人形を知っているのだろう。そう判断し、ルシファーは頷く。まずはすべて聞き出すことが先決で、内容の真偽は後回しだった。
「手で大きさを示せるか?」
「えっと。このくらい」
8歳前後の少女が己の腰の高さで手を揺らす。考えられないが、嘘を言う必要もなかった。隣のリザードマンの兄弟にも尋ねると、彼らは見ていないらしい。
「落ちてきた時期の違いかしら」
うーんと唸るベルゼビュートが、魔熊の子を抱き締めた。
「やだっ、ふっかふかじゃない」
「……ベルゼ、真面目にやれ」
ぬいぐるみじゃないぞ。叱られて、エルフの少女と同じくらいの子熊をそっと下ろした。本人は寂しいのか、ベルゼビュートの足にしがみ付く。その頭を優しく撫でる彼女に、ヤンが提案した。
「我が、この子らにも質問をしましょう」
鼻を鳴らすように音を響かせ、魔熊と魔狼の子から話を聞き出す。ヤンの様子を見ながら、ルシファーはどっかりと地面に座り込んだ。屈んだ姿勢で腰が痛いのだ。動かないなら座ってしまえと、胡坐をかいた。その膝にエルフの少女を乗せた。
リザードマンの兄弟がそわそわし始めたので、彼らも手招きする。大人がいなくて心細かったのだろう。ルシファーの膝に手を触れながら、ぴたりと張り付くように座った。鱗に覆われた肩を抱き寄せる。ほっとした子ども達の表情に、ルシファーも頬を緩めた。
「君たち兄弟は何か覚えているか? 落ちる前の話でもいい。いつもと違うことがあったら教えてくれ」
「膝から崩れたんだ」
「力が抜けて動けなくなった」
「あ、それなら私も同じよ」
エルフの少女が慌てて声を重ねる。全員が脱力感を訴えた。ひとつの道しるべになるかも知れない。他にも情報はあった。彼らは落下していない。ケガをしていない時点でその可能性は考えたが、エルフの子は森の木から出てきた。どうやって通過したのか分からず、戻ることも出来なかったらしい。
リザードマンの兄弟は、沼地で動けなくなった。混乱して大人に助けを呼ぼうとしたら、水の中に引き込まれる。泥の中を通過して、抜けた先が川だったようだ。泳げる兄弟でよかった。リザードマンは沼地に住むが、流れる水は苦手な者も多い。
なんとか岸に泳ぎ着いたが、状況が分からずさ迷った。その時に、飲み水を求めて川に向かった少女と出会ったのだ。偶然か、故意か。攫われた子らの到着地が近かったことを、ルシファーは素直に喜んだ。
「ちゃんと帰れるから、安心しろ」
問題はここが違う世界らしいということ。戻る方法を考えながら振り返ると、ヤンが魔狼の子を叱っていた。
「父母との約束を破ったのか。きちんと謝罪し、許してもらえ」
きょとんとした顔の魔熊の子は、ベルゼビュートに抱き寄せられていた。ふかふかと頬を緩める彼女に緊張感はない。アムドゥスキアスは洞窟の奥を睨んだまま、微動だにしなかった。




