256.つべこべ言わずに協力しなさいよ
全体的な指揮は大公が、細かな部分を大公女が指示する。それぞれの立場で視点が違うため、今回の災害対策は充実したものとなった。魔王城が避難所に指定されて盛り上がっている頃、魔王ルシファーはラミアの里で立ち尽くしていた。
「何がどうなって、こうなった?」
状況がまったく理解できない。ラミアの里は、名前の通り蛇女族が集う地域だ。沼地であるリザードマンの領地が近く、やや湿った土壌を好む彼女らの村があった。何度も繰り返すようだが、女性達の里だ。繁殖期は若い数人が男性に変態して子を宿す。通常は男性がいるはずないのだが。
「戦う時は男性体ですのよ」
下半身蛇で上半身が筋肉ムキムキの美青年が、にやりと笑った。話し方が女性のままなので、何とも微妙な空気が漂う。しかしルシファーが気にしたのは、おかま言葉ではない。彼女らが男性体になるのは繁殖期以外は稀だった。女性のみの種族として有名なのだ。
一族の存続に関わるような騒動があれば、身を守るために男性になると聞いていたが……実際にほぼ全員が変態した姿を見るのは、ルシファーも初めてだった。
「全員、男性になったのか」
「数人は残っています。長を含め、年嵩の者が……」
「表現に気を付けなさい!」
後ろからぴしゃんと叱りつけた長コアトリクエが、優雅に一礼した。確かに彼女とその側近数人が、女性体のままだ。
「年上?」
「いえ、経験豊富とか?」
表現に惑う若いラミアを放置し、コアトリクエが説明を始めた。ラミアで一人行方不明になった後、また一人消えたという。その話が里に広がる中で、男性体に変態する者が現れた。あっという間に里中に広がり、気づけば大半が男性になっていたのだとか。
「このような事態は初めてです」
「そうだろうな。オレの治世でも記憶にない」
後ろで真剣に話を聞くアムドゥスキアスをよそに、ベルゼビュートはこてりと首を傾げた。
「ねえ、精霊が少ないわ」
思わぬ指摘に、ルシファーも周囲の森へ目を凝らす。本来ならあちらこちらに顔を見せる、好奇心旺盛な精霊がほとんどいない。それどころか、魔力感知にもほぼ反応がなかった。何かを避けるように、精霊は遠巻きに円を作っている。
「中央に何かあるのか」
「この辺りね」
無造作に歩み寄ってぬかるんだ地面を眺める二人を見つめるヤンが、鼻に皺を寄せた。唸る声が喉から響き始める。
「我が君、何かおかしいですぞ」
「ああ。まあ、おかしいから調査してるんだ、が……うぉ!?」
奇妙な声を残し、ルシファーが泥濘の上で消えた。泥に汚れぬよう僅かに浮いていた彼の足が、何かに掴まれたように吸い込まれる。すぽんと消えた魔王に、ベルゼビュートが叫んだ。
「やだっ! もう、泥で汚れちゃうじゃない」
目の前で主君が拉致された部下のセリフではない。文句を言いながらも、泥へ飛び込んだ。が、入ることが出来ずに弾かれてしまう。
「いった! ちょっと、何なのよ」
ぶつけた足や腰を撫でながら、腹立ちまぎれに泥を蹴飛ばした。収納から愛用の剣を取り出し、泥濘に突き立てる。しかしガチンと硬い音が響いたのみ。
「ねえ、ヤン。確かにこの中に入ったわよね」
「間違いございませんぞ、我が、ちょ……うぁ」
ちょっと試してみる。そんなニュアンスの言葉の途中で、ヤンも吸い込まれた。きょとんとした顔で見送ったベルゼビュートが、がくがく震える翡翠竜を手招きする。
「い、嫌です」
「つべこべ言わずに協力しなさいよ」
ルシファー、ヤン。男性ばかり吸い込まれ、女性である自分は弾かれた。ならば男性であるアムドゥスキアスをがっちり掴んで入れば、向こう側に抜けられるのではないか。そんな仮説を確かめるため、ベルゼビュートは風を操って翡翠竜を捕獲する。
剣を放り出し、アムドゥスキアスをぎゅっと抱き締めた。
「行くわよ」
「嫌だぁ! ライ、助けてぇ」
叫びながら、アムドゥスキアスを抱いたベルゼビュートの姿が消える。仮説は正しかった。それはいいけど、この後どうしたら? 慌てたコアトリクエは、転移魔法陣を使って自ら魔王城への連絡に走った。




