249.人魚の雄で正解なのか
「この子なのだが……やはり人魚じゃないだろうか」
呼んで現れない人魚に痺れを切らし、魔力を辿って転移したルシファーは赤子を差し出す。透明の結界越しにじっくり眺めた人魚達は、言語に似た甲高い悲鳴で会話を始めた。煩いので一時的に音を遮断する。
「魔王陛下、この子が泳げるか試してから、連れてきた方が良かったのでは?」
レライエがもっともな意見を出す。彼女にしてみたら、人魚と同じく水中で呼吸が出来るか確かめ、その後で人魚達に心当たりを尋ねるつもりだった。大公アスタロトが何も指摘しないので放っておいたけれど、これが正しい対処方法かと問われたら、正直首を傾げる事態だ。
「いつものことです。どうせ注意しても暴走するのですよ」
一度失敗してからやり直した方が早い。コメントに困る発言をしたアスタロトは、考え込んだ上司を眺める。泣きもせず、くりくりした大きな目で魚を追う赤子は、興奮しているようだった。この姿から判断すると、海の種族のようだが。
バンバンと結界を叩く手に気づき、ルシファーが赤子を指さす。頷く人魚へ赤子を差し出した。結界をすり抜けて出ていく子が苦しそうにすれば、すぐに回収する準備は出来ている。
ごぼっと空気が肺から抜けた赤子は、きょとんとした顔で人魚を見つめた。しばらく待つが、苦しそうな様子はない。それどころか、小さな手の指に水かきが現れた。
「これって、カルンの時に似ていませんか」
レライエが指摘した通り、カルンも水かきが付いていた。水辺に住むリザードマンも同様だ。今まで出て来なかったのは、赤子だからか。または陸上でも生活できる種族だった可能性がある。水に入れば環境に適応して、水かきや水中での呼吸が出来るのだろう。
「やっぱり海の種族だったか」
人魚達はしばらく赤子を交互に抱っこして、何やら首を傾げている。その間にも赤子の変化は続いていた。おくるみに包まれた体が水中できらきら光る。目を凝らしたルシファーは「鱗だ」と呟いた。
止まらない変化はさらに進み、小さな魚のように鱗がびっしりと肌を覆った。ただし、下半身だけ。完全に魚体になることはなく、胸の辺りから上はそのままに見えた。
人魚が歌い始め、くるくると赤子と踊るように泳ぎ始める。どうやら引き取ってもらえそうだ。
「この子は預けてもいいか?」
最終確認を行えば、嬉しそうに頷いた。海で生活できるようだし、人魚達も受け入れると表明した。もしトラブルがあれば、海辺を巡回する魔王軍を通じて知らせるよう言い聞かせ、白い浜辺へ転移する。
「結局、人魚の雄だったようですね」
「滅多に生まれなくて、別種族と勘違いしたとか?」
「自分の種族の特性くらい、把握しておいてもらわないと困ります」
管理者としての立場ではっきり言い切った、アスタロトの言い分は正しい。海の種族が一族の歴史や変化をどう伝えているのか不明だが、こちらは彼の手で記録に残されるだろう。
ひとまず、記録映像付きで「人魚の雄現る」と記載されることとなった。参加し損ねたルキフェルはむすっと唇を尖らせ、世紀の瞬間を見逃したとぼやく。映像では我慢できなかったらしい。
「でもね、ロキちゃん。乳首を噛み千切るのよ?」
リリスに恐ろしい情報をもらい、両手を胸の前で組んで後ずさった。想像するだけで恐ろしい。その後、人魚は乳首を噛み千切るらしい、と噂が広がり……彼女らとのお見合いは自然消滅した。根拠のない噂も、時に役立つようだ。




