215.この結界、邪魔だから解いて
ベルゼビュートの応援に振り分けられたのは、魔王軍の精鋭達だ。目に毒……いや、目の保養? なドレス姿の大公ベルゼビュートに従い、淡々と魔力の補充を行うのが任務だった。魔力を大量に消費するから疲れるが、幸いにして帰路は転移魔法陣が使える。
自力で飛んで戻らなくていいとなれば、空軍のドラゴン達も魔力を大盤振る舞いした。地上軍は現在編成中で、魔力量ごとに班を分けて送り込まれるらしい。魔の森は奪われた魔力を、周囲の魔族から回収する。たとえ母なる森の意思であるリリンが睡眠中であっても関係なかった。
ほぼ本能に近く、不足すれば奪って供給する。その習性を踏まえ、最初は魔力が豊富な種族から派遣されることとなった。その後、徐々に魔力の調整が得意な種族へ切り替えていく。足りなくなれば、あまり魔力量が豊かでない種族も協力する予定だった。
この辺の事情は魔族なら承知しているので、魔力を多く保有する貴族階級へも協力要請が飛んでいる。軍とは別に、神龍達が飛来して魔力を振り撒き始めた。
その間に、ベルゼビュートはせっせと塩抜きを行う。一度海水が染みこんだ大地は、その後しばらく塩害で植物が生えてこない。浜場に緑の葉が生い茂っていないのと同じ理由だ。不毛の地になる前に、塩抜きが必要不可欠だった。
「面倒だけど、大事な作業よね」
仕方ないと割り切り、淡々と作業を進める。これでも海水を押し戻す際に、塩が混じらない真水で洗っていたので楽な方だ。あの時海水だけ排除したら、間違いなくもっと塩の被害が酷かっただろう。決断を間違わなくて良かったと安堵の息を吐く。
大きく範囲を区切って、ごっそりと塩を分離する。空中に浮かせた塩をまとめて収納空間へ放り込んだ。あとで取り出して袋に詰めれば完璧だ。折角綺麗な塩が手に入るなら、溶岩で溶かすより料理に活用した方がいいわよね。イフリートが喜ぶわ。
格闘技でも教えていそうなゴツイ料理長を思い浮かべ、ベルゼビュートは塩抜きの範囲を移動させる。試してみた結果、一度抜けば二回目はほとんど反応がないことがわかった。さっさと草抜きのように進めるに限る。
単純作業なので眠くなるが、塩釜焼を思い浮かべながら処理を続けた。ほんのり塩味が効いた塩釜焼は、時々しか作ってもらえないご馳走だ。ベルゼビュートが脳裏の塩釜焼に何を入れるか迷っているとき、ルシファーは別の案件に遭遇していた。
「これは……拾っとくか」
大量に打ち上げられた珊瑚の山だった。平たい貝も混じるが、海へ戻ろうともせず動かない。死んでいると判断し、まとめて収納へ入れた。捨てるにしても、海側は結界の外だ。危険を承知で乗り越えてまで捨てに行く理由がなかった。
ベルゼビュートの塩抜きは順調で、終わった場所から魔力を流して森の回復を進めている。報告を聞きながら、ひとつ欠伸をした。結界を維持するだけならさほど魔力も使わない。大した労力でもないので、広げた2枚の翼に寄り掛かる形でうたた寝を始めた。腕の中でイヴも微睡む。
「ルシファー」
聞こえた声にびくりと肩を震わせる。恐る恐る開いた視線の先に、思わぬ人物が立っていた。ルキフェルなのだが、様子がおかしい。水色の髪と瞳を持つ青年は、ぼんやりした表情のまま海を指さした。
「この結界、邪魔だから解いて」
「無理だ」
ルキフェル本人か、姿を模した何かか。どちらにしても結界を解くことは民の命に直結する。森が失われれば、回復のために罪なき民の魔力が奪われるはず。海に飲み込まれても溺死してしまうだろう。だから拒絶を口にしたが、ルキフェルはお構いなしに結界を解くよう願った。
「ルキフェル?」
触れようとしたルシファーの手を弾き、ルキフェルは両手を前に突き出す。結界を破るつもりだと察して、咄嗟に叫んでいた。
「やめろ!」




