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208.滅ぼすのはいつでも出来るから

 捕らえた海水は、丸ごとルキフェルの研究所に引き渡した。父親譲りの残酷な笑みを浮かべたストラスが「簡単に消滅出来ると思うなよ」と呟いていたので、ルシファーは目を逸らす。オレは何も聞かなかった。自己暗示をかけて、リリスに頬ずりした。


「周りがヤバイ奴ばかりだ」


「大丈夫よ、安心して。ルシファーも同類だもの」


 全然安心できないし、心外な指摘だが反論は飲み込む。妻帯者となったルシファーが最初に学んだことは、うっかり奥様に反論すると事件が大きくなる現実だった。奥様会の繋がりは深く狭く、ある意味下手な敵より厄介なのだ。


「イヴぅ」


 今度は娘に泣きつこうとするが、ぺちぺちと小さな手に額を叩かれてしまった。しょんぼりした魔王の姿は、尻尾を丸め耳を垂らした犬のようである。


「ルシファー、この海水すごいよ。意識があるから、きっと生き物だ!」


 目を輝かせるルキフェルは、海水の一部を手の中の結界に閉じ込めて実験中だった。ピヨに炙らせたり、砂でろ過したりと好き放題だ。海水の色が明らかに黒くなって死にかけているように見えるが、これまた目を逸らした。うっかり指摘したら後が怖い。生き物だと明言したくせに分割していく。


 夢中になった研究者を止めるのは、命懸けだった。海水全体が消滅しかかったなら止めるが、一部なら諦めてもらおう。己のために、敵を差し出す。これが己の民と認識した後なら、しっかり守るのだが……現時点では攻撃を仕掛けた敵に分類されていた。まだ、助ける義理はない。


「海が敵に回るなら、数百年は遊び相手に困りませんね」


 好戦的なアスタロトはそう呟き、広い海へ目を向ける。大公や魔王にとって、海の広さは大した問題ではなかった。敵と見做せば、海を干上がらせる。生き物をすべて陸に放り投げ、処理するだけの力を持っていた。


 本気で怒らせれば、海は生き物が一切住めない塩水に貶められる。その現実を言葉で突きつけ、アスタロトは肩を竦めた。現時点で、即座に海の勢力を潰す必要はない。いつでも潰せるのだから。


「死の海にした場合、浜焼きが出来なくなるのは困る」


 ルシファーが食べ物面から指摘した。駆け付けたアベルも「タコ焼きが」と嘆く。大公女やその夫達はざわめいた後、口々に海の食べ物を呟いた。あくまでも「生き物」ではなく「食べ物」認識だが、惜しむ気持ちは本物だ。


「アスタロト、滅ぼすのはいつでも出来るから今度にしよう」


「そうですね。調査の途中ですので、全部調べてからにいたしましょう」


 滅びるのが決定のような言い方だが、ルシファーは曖昧に笑って誤魔化した。アスタロトが本気なら止めて無駄だし、もし冗談なら下手な返事をしない方がいい。全員一緒に生還出来たのだから、ここで命を危険に晒すのは愚者の行いだった。


「浜焼きを楽しむはずが、中途半端になったわね」


 残念だわとリリスが嘆く。何とかしてやりたいが、現時点で海辺を訪れるのは危険が大きすぎた。あの海水の正体が分からぬうちは、うっかり海に近づかないよう民に注意を促すか。


「アスタロト、民に海へ近寄らぬよう命じた方がいいか?」


「そうですね。ベールに相談して辺境監視の魔王軍を動かしましょう」


 近づく魔族に注意を行うため、監視任務に就く魔王軍を使おうと提案されて頷いた。すでにアスタロトの頭の中に申請書が出来たようで、取り出した紙にさらさらと記載される。ペンごと渡され、ルシファーもその場で署名した。下にアスタロト、続いてベルゼビュート、最後にルキフェルが署名した時点で、押印がなくても発令可能だ。


 少し離れた場所で大公女やイポスと話していたリリスが、大きな声で夫を呼んだ。


「ルシファー! ここで浜焼きしましょうよ」


 浜辺でなくても、海産物を焼くなら浜焼き扱いらしい。


「え? あ、ああ。そうだな」


 魔王城前の広場は、完全に宴会場と認識されていた。いろいろ指摘したいことはあるが、この場は無事生還を祝って盛り上がるとしよう。楽観的な魔王の許可が下り、あっという間に準備が始まった。

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