170.誰が攻撃するかで揉める魔王と大公
ドワーフの親方が、見積もりを計算し始めた頃……海辺に転移したルシファーの機嫌は最低だった。働いてようやく得た眠り、その仕事の大半は海に関する事象の報告書や被害申請書だった。それを捌いたばかりだというのに、また海が騒動を起こしたと聞けば腹が立つ。
「もう海を滅ぼしてもいいんじゃないか?」
「さすがに暴論だと思いますが……反対は致しません」
過激な魔王の後ろで、諫めるフリで煽る大公。魔王軍がすでに駆け付け、緊迫した現場はさらにぴりっと引き締まった。昨夜の宴で浮かれた者も、今は表情を強張らせている。軍から派遣されたのは、辺境を見回るドラゴンや魔獣など。攻撃力が高い種族ばかりだった。
「状況は?」
「サタナキア将軍閣下指揮の下、3回の攻撃を退けております」
敬礼したドラゴンの報告に頷き、ルシファーは首を傾げた。
「なあ、アスタロト。なぜ一斉攻撃に出ない?」
「戦力が不足しているのではありませんか」
あれほど広い海という領土がありながら、戦力不足は考えられない。ひらひらと手を振って笑い、今の意見をさらりと流した。
当人達は知らなかったが、ある意味当たっている。広大な海に戦力となる者は数多く存在するが、海の外へ出て戦える種族が少ないこと。何より魔王軍の苛烈な反撃により、ほとんどの種族が撤退を表明したことが原因だった。
事情を知る筈もない魔王軍は、出てくるたびにその触手を斬り落とし、ぬめる生き物を焼き尽くす。そこに容赦は一切なかった。ちなみに2回の攻撃で恐れた巨大タコにより、話し合いを求める3回目の浮上が行われたのだが……その意思が伝わらず攻撃したのだ。
降参以外は受け付けない。海の生物たちはそう考えた。こうなったら海王を差し出して、降参してしまったらどうか。そんな議論がまさに水面下で始まっていた。
「次に何か出たら、私が対応いたしましょう」
サタナキアにそう表明したアスタロトへ、ルシファーが眉を寄せる。不満を顔に書いて、ぶすっとした声で吐き捨てた。
「狡い、次はオレだろう」
「ルシファー様、こういった場合……魔王陛下は一番最後に登場するものですよ。海王相手なら対決を譲りますので、露払いは我らに任せてください」
言われている内容は理解できるし、間違っていない。だが納得できない。そんな顔を向けられ、アスタロトは肩を竦めた。
「そもそも、昨日も戦ったではありませんか。私の出番です」
「ぐぅ……」
そう言われると反論できない。悔しそうにしながらも、大人しくする約束を取り付けられた。
「なにやってんのさ。海なんてこうすれば! ほら!!」
転移で現れたルキフェルが、この状況はまどろっこしいと魔法陣を放り投げる。海面に浮いた魔法陣がカチリと音をさせて回り、直後に大きな水柱が立った。その中に切り取られた海洋生物が閉じ込められる。中には切断された運の悪い奴も混じっていた。
海水だった水は赤や青に濁り、紫色になっていく。
「うわぁ」
「ルキフェル、危険ですから魔法陣を使う前に申告しなさい」
今回の留守番はベールのようだ。代わりにアスタロトに叱られ、ぺろっと舌を出した。全く反省していないが、いつものことだ。
「今の魔法陣を量産して海に放り込んだらいいよ。数時間すると崩れるけど」
「いきなり先制攻撃は失礼でしょう? 相手が手を出したところを徹底的に、二度と歯向かえないよう完膚なきまで叩き潰す方が楽しいのですから」
敵は絶対に楽しくないと思う。というか、過剰防衛では? 魔王の周囲を固める軍の精鋭達の顔が引き攣った。




