116.ルキフェルの災難は続く
混乱するルキフェルが、ごそごそと収納から物を取りだし始めた。亜空間にしまう物は主に二種類に分けられる。自分にとって必要な大切な物と、どうでもいい物。前者は失くしたくないから奪われない場所にしまう心理が働くが、後者は真逆だった。
とりあえず放置はまずいけど、捨てる場所が見当たらないから入れとくか。その程度の感覚で放り込まれている。今回のトカゲは研究対象としてルキフェルが持ち帰ったが、中から消えたとなれば話が大きくなった。今後、収納空間にしまった別の品も消える可能性があるという意味だから。
ルキフェルが慌てるのも当然だし、頭を抱えて呻くアスタロトの心境も理解できる。混乱を極める室内に、何かの解体物やフラスコに入った毒々しい煙を上げる液体が並んでいく。これは止めなければ、死者が出るかもしれん。焦ったルシファーが止めに入った。
「危険だから! やるなら、ベールの城でやれ。あそこなら……」
「あそこなら、何ですか? 陛下」
ルキフェルの叫び声に呼ばれて顔を出したベールが、穏やかな口調で首を傾げる。だが声は地の底を這うような冷たさがあった。
「あ……あそこなら、その……そうだ! 空きスペースがある!」
「魔王城にもありますが、いいでしょう。聞かなかったことにして差し上げます」
ほっと胸を撫でおろすルシファーを無視し、ベールはルキフェルを説得して彼と共に出て行った。半泣きのルキフェルが、いかに貴重な物が入っているかを力説する。それに頷きながら、ベールは心配ありませんと慰めた。
「ベルちゃんって、ロキちゃんに甘いわよね」
リリスはのほほんとした感想を口にする。そんな生易しい威嚇じゃなかったぞ。言葉を選び間違えたら、オレは数年動けなくされたかも知れない。震えながらも反論できず、ルシファーは何度も頷いた。
「ところで、置いて行かれたこれはどうしますか?」
レライエが心配そうに指さす先に、毒々しい赤紫の液体入りフラスコが置かれていた。他にも青い液体がぼこぼこと吹いていたり、何かの死骸らしき皮が放置されている。これは子どもがいる部屋には危険だろう。ルシファーは結界で包んで纏めて収納へ取り込んだ。
こうして魔王の収納空間も雑然としていくのだ。いま取り入れた液体は数万年単位で忘れられ、思い出せなくなった頃捨てると思われた。だが現時点で、子どもがいる部屋の危険は排除された。
「換気するわ」
ベルゼビュートの指示で、風の精霊が窓を開けて換気を始める。廊下に続く扉も開放し、毒物と推測される液体から出た煙を外へ流した。咄嗟に結界を張ったり、我が子を床に倒して危険を避けた親達は安堵の表情を浮かべる。
「状況を整理しておこう、アスタロト」
「はい。昨日の幼児拉致事件は、浮かぶトカゲによる捕食行為の可能性が高いでしょう。親が抱いていても奪う手法はまだ調査中です。またトカゲ本体に痛覚はなく、背を裂いても平然としていました。その解析に必要な本体が忽然と消えたことで、この世界以外からの干渉の可能性も視野に入れて調べさせます」
そこでアスタロトは言葉を止めた。迷いながら付け足したのは、白い手の少女の件だ。
「両親不明の少女ですが、魔族の分類が判明しません。鑑定が通用せず、また各地へ出した行方不明の子どもリストにも該当者がいませんでした。あの子の両親は何らかの事情で亡くなっている可能性がありますね」
痛ましいことだ。両親がおらず、周囲に同族がいない状況で育ったのか。同情の空気が広がる中、今度は侍従のベリアルが飛び込んで叫んだ。
「ルキフェル様の研究棟が爆発しました」
「「はぁ?」」
騒動が収まるのはまだ先のことらしい。




