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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

試練の塔

作者: 小城

 この物語はフィクションであり、実在の人物、団体、事件等とは、一切、関係ありません。

試練の始まり

 私は人間が嫌いだ。ホモサピエンスという種族は、殺し合い、地球環境を汚す。そんな、生物に、何故、私自身、生まれてしまったのかと、悔やむ。

 サイトや通知に流れる本日のニュース。犯罪、事故、死亡記事etc.そのような物にうんざりして、ひきこもり、もう何年間、時を過ごしたのかも、分からなかった。

「お兄ちゃん。」

 そんな、私の唯一の望みは、妹だけである。最愛の妹。それは下劣な感情ではなかった。高尚で形而上学的に優れたイデアで、私は妹と繋がっていた。

 そんな妹が、突然、いなくなった。世間一般には、あの世へ旅立ったらしい。突然だが、私は宗教に興味はない。昔の人は死を乗り越えるのに宗教を使うことがある。しかし、私は、それに価値を見出すことはない。今の人は、死を乗り越えるのに科学を使うことがある。しかし、妹の生命を保つことは不可能だったし、仮に、科学技術によって、人間が老死を免れることができたとしても、それは、私の理想とする状態とは異なる気がする。


試練の受難者達

 無為。という程のことでもない。もとより、私の周りには、何もなかったのだろう。唯一あったものも消えた。それと伴に、希望も消えた。

「ここに高層建築物があります。」

「は?」

「それの最上階まで、到達すれば、あなたの願いは叶うはずです。」

「何のことだ?」

 天の声。だろうか。幻聴。だろうか。灯りも陽の光りも射さない部屋で、私は、それを聞いた。

「試練。に挑む覚悟があれば…。」

「もとより、希望などない。それを復活させられる可能性があるならば、私は、それにすがりたい。」

「分かりました。」

 静かなその声は、私を優しく包んだ。気が付くと、私は、足場の上に立っていた。それは、宙空に建てられているのだろうか。組んだ鉄骨に金網が張られて作られた床。その空間には、鉄骨が、縦横に組まれていて、上を見上げると、ひとつ、ふたつと、同じような階層が、無尽に連なっていた。

 エレベーターの音がした。四方に存在していたエレベーター内から、今、階下から、人がやって来て、私のいる空間に集いだした。ばらばらと、やって来た人数は、ざっと100人程はいるであろう集団だった。


試練の内容

 ガヤガヤと人々は、声を立てていた。その後、エレベーターの音がして、その中から、浮遊魚が四匹、降りてきた。浮遊魚。それは、その名の通り、空中を浮遊して泳ぐ。形は、リュウグウノツカイのようであった。そして、次の瞬間には、それは、人々を襲い始めた。

「キャア…!?」

 集団は、パニック状態となった。彼らは、その空間内に唯一ある階段。それも鉄骨と金網でできていた。を目指して群がった。その中に、私もいた。階段を上がって行った先の空間は、同じような構造で、階段が上に続いていた。

「そういうことか…。」

 誰かが、呟き、走った。その人は、階段を上へ上へと向かって行った。他の人たちも、それに続いて行った。


試練その1

「開かないんですよ。」

 何十回と階段を上った所で、人々は留まっていた。階段はそこで終わっていた。その数は50人程だろうか。その中に、私もいた。

「扉が開かないんですよ。」

 誰かが、同じことをもう一度言った。それは、重そうな鉄扉だった。ガシャンと音がした。

「あっ、閉まった。」

 それは鉄扉ではなく、人々が、今、上って来た、階段の入り口であった。そこが、金網に塞がれた。それにより、この場の人々は、二組に分けられた。私と同じく、この場にいて、開かない鉄扉のある空間に佇む人たち。それと、金網に防がれて、階下に閉じ込められた人たち。

「ちょっと…。」

 階下では、浮遊魚が人々を食い散らかしていた。混乱した人々は、金網越しまで迫って来た。浮遊魚は、ある程度、人々を食い、腹を満たすと、体の構造を変化させた。それは、怪人?なのか怪物?なのかは、分からない。ただ、強靱な体格の人型をした化け物であった。それは、人々を捕らえ、引き裂き、捨てた。喰らう訳でもなく、ただ、残った人々を捕まえて、左右の腕と筋肉を使い、四肢をちぎって、捨てた。

「…。」

 人々は、狂気と悲鳴と悪寒で満たされた。怪物が暴れ終わり、騒ぎが収まると、ガシャンと音がした。

「開いた。」

 それは金網ではなく、鉄扉の開く音だった。


試練の前

 数人は先に、数人はまとまって鉄扉を括った。

「船上…?」

 そこは、船の上だった。後ろを振り返ると、鉄扉の向こうには、確かに先ほどの空間があった。しかし、その鉄扉の後ろ側に、その空間はなく、あるのは、船尾甲板と、その先に広がる荒れた冷たい海だけである。全ての人が鉄扉を括ると、扉は、自然に閉まり、二度と開くことはなかった。私は、先へ進んだ。

 足下は、船の甲板であった。途中、床に大きな口が開いていた。中は、水槽になっていて、何の種類かは、分からないが、サンマやブリなどだろうか。が、大漁に堆積していた。もしかしたら、この船は漁船なのかもしれないと思った。

「君。」

 話し掛けてくる者がいた。

「君。〇〇君かな?」

「誰ですか?」

「同級生の…です。」


幕間

 私は、小学、中学までは、ふつうだった。と思いたい。高校は、何があったのか、覚えていない。何故か、大学に入り、気が付いたら、妹と家にいた。既に、両親は、死んでしまったのだと思う。私に声を掛けて来たのは、小学校の同級生だった。それも、仲の良い友達だった。

「〇〇君。久しぶり…かな?」

「あ…。そうですね。」

 そんな彼とも、中学校を卒業してから会わなくなった。彼にとって、私は、友達の中の一人でしかなかったのだと思う。もとより、私も、もはや、人と関わることに、何の価値も利益も見出すことはない。

 私たちは、甲板の上を歩いた。海は荒れていた。不思議なことに、ここにいる人々は、彼らや自分たちが、何故、ここにいるのかという話を、全くしない。それは、私も同じである。それが、暗黙の了解とでも言う感じであった。

「あ、エスカレーター。」

 着いた先には、階段ではなく、上下のエスカレーターが備わっていた。


試練その2前半

 人々はエスカレーターを上った。その先は、一風変わったオレンジ色の非常灯が点々と照らす地下駐車場のようなエリアだった。

「階段。あそこ。」

 人々は、地下駐車場の隅にぽつんと空いた空間を目指していた。そこには、非常用扉とドアノブがあり、それを回して、扉を開けると、世界が広がっていた。地下だと思っていたのは、建物の中で、私たちがいたのは、そのはるか上階?だったのだろうか。どちらにしても、扉の先には、青い空と雲が広がっており、その宙空に浮かんだ非常用階段の踊り場に私たちは立っていた。

「〇〇君。ちょっと…。」

 傍らの人は、私の袖を引き、扉の内へ、戻した。そこは、再び、地下駐車場である。

「あれ、エスカレーターじゃない?」

「えっ…?」

 駐車場の奥に何かが動いているようであった。私たちが行ってみると、それは確かに、上下のエスカレーターだった。私たちはそれに乗った。


試練その2後半

 エスカレーターの先は、本屋だった。本棚が建ち並び、その中に本が詰まっている。雑誌やレジも備わっており、店員もいた。横からは、非常用扉を開けて、階段を上って来た人々が来ていた。彼らも、この異様な空間を一様に眺めた後、各々、散って行った。私たち二人も散った。私は、本棚から、一冊、本を出して、読んだ。それは、全く、何の変哲もないただの本であった。

「よう。」

「…。」

 面識のない男が声を掛けて来た。

「あんた、暇かい?」

「いえ…。」

「そうか、少し、無駄話しできないか…。」

 男がそんなことを言っていると、店員が来て、きっと睨んだ。そのとき、私は、その店員の真意を理解した。この空間では、一切のおしゃべりが禁止されていた。人々は、黙々と本を読んでいるだけで、何も話はしていない。

「…。」

 男もその真意を理解したのか、指を使って、私に非常用階段の方に来ることを促した。私は、本を棚にしまうと、男の後を付いて行った。

「おかしいと思わないか?」

 非常用階段の踊り場で、男と私は話した。他にも同じような人たちが数人いた。

「願いを叶えるというが、もう先がないぜ。」

 男が言うとおり、エスカレーターに上りはなかった。

「ここが最上階ってわけではないだろう。」

 そこでは、人々は、ただ黙って、本を読んでいるだけである。

「どこかに階段があるはずだよ。」

「それが…?」

「あんたも探したいだろ。階段。」

「私は…。」

「口にしなくても、顔に書いてあるぜ。」

 私は、自分の顔を撫でると、男と別れて、上へ通じる道を探した。


通過点

 地下駐車場には、何もなかった。私は、再び、上に上がり、本屋内をそれとなく、観察してみたが、扉や階段のようなものはなかった。

「…。」

 男が来て、指を使って、私に階下へ来るように促したので、私は、非常用階段から下の地下駐車場へ降りた。

「あったぜ。」

 男は言った。そこは駐車場の隅のドラム缶や何やらが置いてあるその空間の車の後ろの陰に、それはあった。入り口だった。私たちは、中へ入った。そこには、デパートや病院にあるような左右から階段が繋がっているような踊り場であった。私は、その右側から、男は左側から、上がった。しかし、着いた先は、同じだった。そこは、何もない、ただ、床と壁と天井が白い部屋で、その中に、20人程の人たちがいた。そして、彼らは、何故か、男女一組ずつのペアになっていた。

「あっ。来た。」

「これで、終わりかな。」

 残っていた女性二人が言った。私たちは辿り着いた順に、それぞれペアになった。後ろを見ると、今、さっき、私たちが来た入り口は、消えていた。


試練その3

「探しましょうかしら。」

「…はい。」

 人々は、散った。

「(皆、何か説明されているのだろうか…。)」

 皆が、何を探しているのか、私には分からなかったが、何故か、私も、懸命に、人々の真似をして、何かを探した。その探索は、何年間も続いたように、私には感じ、その間、私は、何のために、何を探していたのかも、定かではなくなっていた。微かに、白い壁がぼやけていた。よく見ると、そこだけ、本当の壁ではなく、何か見る角度によって、壁に見えるトリックアートのようになっていた。私は、ふと、部屋の中を見た。探し物に夢中になっていたが、いつの間にか、部屋の中にいる人々は、段々と数が少なくなっているようだった。私は、自分のペアの女性を探した。彼女は、確かに、まだ、部屋の中で探し物をしているようだった。が、私は、そこに彼女はいないだろうと思うことにした。何故ならば、私は、直感的に、その壁の向こう側に行けるのは、一人だけだと言うことを知っていた。そして、私は、彼女を見捨てて、一人、壁を抜けた。


最後の試練

 壁を抜けた先には、回廊式の階段が続いていた。私はそれを上った。

「来ましたね。〇〇君。」

 そこは、多少、狭いが、そこの定員である10人は、優に入れるくらいであった。男女それぞれは皆、そこに座っていた。その中に、私の同級生を名乗る彼がいた。私も、その中に座った。しばらくすると、食事が運ばれて来た。

「もう、最上階はそこです。」

 上を見ると、あと少しだけ、階段は続いていて、その先は、確かに最上階であるらしく、天空には、手で掴めるくらい近くに星空が浮かんでいた。

 私たちは、運ばれてきた食事を喉に通した。

「ああ…。」

 私は、何故か、それを口にして、涙を流した。

「すみません。」

 食事の片付けをしているメイドに、私は声を掛けた。

「この食事の材料って、一体、何なのですか?」

「それは、この下で、あなたたちが、切り捨てた人たちですよ。」

「それは…。どういうこと…?」

「ご主人様。どうかしましたか?だって、それは、あなたたちが不用だとしたものではありませんか?もう、いらないのですよね?」

「ええ…。そうです。仰る通りです…。」

 それを聞いて、私は、急に気分が悪くなり、吐き気を催しそうになったが、吐くことはなかった。食事を食べ終わった人たちは、食器を床に置いて、立ち上がり、上を目指していた。私も、彼らに倣って、階段を上った。


試練の終わり

 皆、階段を上り終えた。天空には夜空が浮かんでいた。一際、狭くなった空間には、10人皆が立っていた。彼らの傍らには、エレベーターが一機備えてあり、それが、階下へ繋がっていた。

「オオオ…。」

 下の方から、聞き覚えのある声がした。それは、あの強靱な肉体の怪物であった。

「上って来るぞ!?」

 いつの間にか、階段は、はるか下の地上まで、伸びており、その鉄骨と金網でできた階段を、怪物が、上へ上へと上って来ているのが、手すり越しに、下を覗くと見ることができた。

 人々は、パニック状態に陥った。だが、私は、何故か、一人だけ冷静だった。というのも、私は、先ほど、階下で、ペアになった女性の姿が、妹の姿に思い出されて仕方なかった。そのことが、私を、この場の雰囲気から乖離させた。私は、エレベーターのスイッチを押した。

「上って来る!?」

 いつの間にか上がって来るエレベーターに気付いた人々は、あの怪物がエレベーターの中からやって来ると思い、皆、手すりを越して、鉄骨を伝い、どんどんと階下へ降りようと混乱状態になった。

「あれ…。私が押した…。」

 そのことを言おうとしたが、人々は、聞くことができなかった。階下に降りようとした人も、下から、怪物が迫って来るのを見て、再び、上って来て、相変わらず、人々は右往左往している。その中で、一人、私は、階段を静かに降りた。ひとつ下の空間に降り立つと、そこには、先ほどの怪物が、浮遊魚になっていた。浮遊魚は、弱っていて、空中をヨロヨロと漂いながら、上を目指していた。

 頭上から、私を見ていた人々もそれに気が付いたようだった。浮遊魚は、階段伝いに上に上って行ったが、私も含めて、人々は、それを捕まえて、床に広げて、皆で、その身を八つ裂いた。弱った浮遊魚の体は、驚く程、柔らかく、人々の手で、身を剥がされて、骨だけになった。

「早く行こうよ。〇〇君。」

 同級生に促されて、私は、階段を降りた。生き残った人々も、また、一心不乱に地上を目指した。

「お帰りなさい。」

「ただいま。」

 家に帰った私は、妹と再開した。おそらく、彼女は、始めから、いなくなることなどなく、ずっと、変わらず、私の所にいたのだと思った。少なくとも、私は、あの天の言葉と塔での出来事を、現実に起こったこととは思えず、私の傍にいる最愛の妹を愛することだけが、私の生きがいとして、これからも、このホモサピエンスの世界で、つまらない人生を、生きていくのだと思う。


エピローグ

 岡田。という男がいた。彼は、気が付くと、エレベーターに乗っていた。彼は、大金持ちになりたいと、漠然と思っていたが、幻聴が聞こえたとき、ついに、おかしくなったかと思った。

 エレベーターは、行く先々で止まり、そのつど、人々を乗せて行った。チンと音がなり、エレベーターが止まった。45階より上の表示はなかった。人々は、皆、エレベーターから降りて行った。そこは、よく分からない建設現場のような場所だった。

 しばらくすると、後ろのエレベーターが鳴り、中から、ぷかぷかと、魚が宙に浮かびながら出て来た。そして、その魚は、次第に大きな口を開けて、人々に食らいつき出した。人々は、パニックになった。

「(階段…?)」

 人々は、皆、魚から逃げて、上に向かって行く。岡田は、その光景をじっと眺めていた。辺りでは、人々が、やはり、魚に食われていた。やがて、静かになった。人々は、皆、階上に向かって行ったらしい。この空間に残っているのは、岡田。ただ一人だけであった。魚も、また、人々を追って、上へ上って行った。

「(うわ…。)」

 辺りの床には、魚に食い散らかされた人々の腕やら体の一部が血に塗れて散乱していた。

「(帰ろう…。こんなところは嫌だ…。)」

 そう思い岡田は、一人、振り返った。そこには、岡田が乗って来たエレベーターがあった。岡田は、そのボタンを押した。チン。と音がして、扉が開いた。岡田は、それに乗り、地上へと、降りた。

「意識戻りました。」

 目を開けると、天井が見えた。横には、看護師の姿があった。

「あれ…。ここ、どこですか…?」

「病院。今、手術が終わったのよ。」

 父母と兄の姿があった。

「事故。バイクで。」

「ああ…。」

 母にそう言われて、思い出すことができた。会社から帰る途中、岡田は、ハンドル操作を誤って、ガードレール、そして、電柱にバイクごと激突していた。

「俺、生きてるんだ…。」

「ええ…。よかったわ…。本当に…。」

 母は涙を流していた。全治3カ月の怪我ではあったが、岡田は、後遺症もなく、無事、退院して、仕事に復帰した。

「いやあ。よかった。」

 会社の皆は、岡田の復帰を祝ってくれた。

「ご迷惑をおかけしました。ありがとうございます。」

「いやあ。本当、よかった。」

 会社の人々は皆、それしか言わない。しかし、岡田は、本当にありがたいことだと思った。それは、今、生きている自分に対して、そう思った。

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