転生竜は日向で寝転ぶ
キャラクターの容姿に関する描写が少ないのでご自由に想像していただければと思います。髪の色すらありません。
目を覚ますと竜だった。
白く輝いて見える身体はつつくと柔らかかった。
何を言っているのか分からないだろうが僕にもわからない。
置かれた状況を直ぐに理解した訳ではない。
暗い場所から壁のようなものを叩き壊して這い出た時は眩しさに目を開けられなかったが、開放感に幸福を感じていたように思う。
見える範囲に生物はおらず、ゴツゴツとした岩肌から流れる溶岩にここが火山であることを察する。
生き物がおらず、植物すら生えていない。
自分の納まっていた殻などすでに食べ尽くしてしまい跡形もない。
今思えば本能が食べることを知っていたのだろうが、味などはしなかったし食べた事を疑問に思っている。
何度かの日が登った時、空腹に黒いモヤのようなものが見え始め、それはとても美味しそうに見えた。
恐る恐る目の前を漂う黒い煙のようなものを咥えると、不思議とお腹が脹れていた。
煙のように漂うものはよく見ると雲のようで、意識をしないと途端に見えなくなってしまう。
そうしてしばらくの間、黒い何かを食べていると身体も大きくなり食べる量が増え見えるものは徐々に減っていったのだが……
しばらくするとまた出てくることから食べるのに慎重になったのも仕方が無いことだろう。
その頃から自由に食べるのをやめ、ある程度の量が溜まるのを待つようになり歩き回る時間を増やした。
岩を爪で削り巣穴を広げたり、窪地に作った溶岩の湯船に浸かるようになると、白かった身体は徐々に赤黒く色が変わっていった。
紅い鱗は体から離れるほど黒くなり、まるで黒曜石の隙間から溶岩が覗いているようでカッコイイような誇らしさを覚える。
この強い身体がなければ居心地の悪い岩場で寝転がり続け、溶岩風呂で温泉に浸かる様な気持ちよさも味わえなかってはずだ。
ある時岩山の向こう側に1本の木を見つけた。
周囲を岩山に囲まれて、不思議と溶岩の熱気の入ってこない場所だ。
黒いモヤの溜まっていた場所であり、この木からモヤが出てくることはすぐに気が付いた。
その木の根元はとても居心地が良く、お昼寝するのにちょうど良かったのもこまめに通う理由であったのは間違いない。
溜まった黒いモヤを食べていると、ついうっかり食べ尽くしてしまったことがある。
我慢しきれず貪ったのを後悔したが、無くなったものが現れるまでには長い時間を要した。
初めて味わう飢餓感に味のない道端の岩を噛み砕きながら二度と食い尽くさないと誓うと同時に、身体が小さいままであればと願ったのも仕方の無い事だろう。
それからしばらくすると身体は小さくなり始めた。
脱いだ皮の厚さよりも早く、である。
小さくなると同時に皮は白くなっていた。
生まれた時ほどの純白さではなく、白銀と呼べるような輝くような色である。
生まれた時ほどの柔らかさはほとんどないが、その度に溶岩の湯船が熱く感じられるようで入浴に変化があって楽しい。
現状を考えても特にわかることはなく、空の飛び方など知りもしない。試したけど鳥のようにはなれなかった。
世界がどうなっているかなど教えてくれる人もいないので早々に考えることを放棄している。
そんなふうに過ごしながら惰性で寝て過ごすのはとても心地よく、それでいて退屈だった。
……あの人達が来るまでは。
山へと続く舗装されていない道を四人の男女が歩いている。
「ここまで魔物がいないとなると不気味っすな〜」
肩を解しながら斥候のジグルドは気の抜けた声で呟いた。
「油断するな。強い魔物が食い荒らしたのかも知れんのだ」
両手剣をすぐに振り回せるように抱えたガルムは不気味な静けさに警戒を強めているが生き物の気配など微塵も無く、言い表せない不気味さを際だてている。
かつてこの場所は魔物が現れる場所だった。
ギルドから原因を探るという依頼が出るのも仕方の無いことであろう。
「何もないならそれが1番助かります」
2人の後ろを歩くカレンは杖を胸元に抱きながら言う。
しかし、何も無いことはありえないだろうと薄々感じている。
「でもこの辺りは魔素が薄くなってるみたいですし、どこかに溜まっているのかも知れません」
魔物は漂う魔素を消費して生まれる。
故に今まで魔物が生まれていた場所で魔素が無いとなるとどこかで多くの魔素が消費されたと考えるべきなのだ。
「原因がわかればそれでいいんだ。情報さえ持ち帰ればギルドが対策をするさ」
別に戦う訳では無いから暗い顔をするなと最後を歩き片手剣に手を掛けたままのゼスが言う。彼の左腕には細長い盾が固定されている。
「待った。何かいる」
ジグルドは何かの気配を感じて注意を促す。
「どっちだ?」
パーティに緊張が走る。
「下だ。多分上がってくる」
示すのは溶岩の見えている方向だった。
警戒しながら溶岩から距離を取るあいだも、徐々に気配は強くなる。
「来るぞ……」
気をつけろとまでは言わない。
言わなくても分かるからだ。
その存在感の強さに冷や汗が滲むような感覚を覚えた。
そして、溶岩が盛り上がったかと思えば直後に竜の顔がポコッと現れたのだった。
「嘘だろ!?」
溶岩に潜る竜種というだけで知能足らずな下位ではない事が想像できる。
いや、その存在感に理解をしてしまうのだ。
ジグルドは腰のポーチから目くらまし用の煙玉を取り出すと迷わず放り投げた。
「退避っ!!!」
想定以上の大物の登場に即座に逃げることを決め走り出した。
放られた煙玉は竜の鼻先に命中すると煙が広がり視界を奪う。
が、結果からい言えばこの選択は失敗だった。
息継ぎのために空気を吸い込もうとした瞬間の煙は悲劇を産む。
「ふぁっぶえっくしょい!!!」
ただのくしゃみと侮るなかれ、竜の加減されない咆哮は風の衝撃波となり前方へと押し出したのである。
そう、正面にいた冒険者たちの方へ。
咄嗟にしゃがんだおかげか直撃は免れたものの、4人の意欲を奪うには十分だった。
衝撃は一瞬だったが正面の岩を綺麗に砕き、通り過ぎた衝撃波は冒険者たちの身体を浮かせ岩肌に叩きつけた。
魔法使いのカレンは意識を失い、他の男達は痛む体をどうにか動かし、転がるようにその場から逃げ出したのだった……
今日も今日とて溶岩遊泳。潜水の記録に挑戦していたら顔を出した場所に人がいた。
直後破裂した何かを吸い込んでしまい、噎せたのは不可抗力だと信じている。
落ち着いてから見渡すと1人の女性が倒れており、付近には荷物が散乱している。
少しつついてみたものの気絶しているようでじんわりと髪の毛の焦げる匂いを感じ、慌てて彼女を抱き抱えると唯一思い浮かぶ涼しい場所へドタドタと走り出した。
一応近くにあったカバンを咥えたが拾えなかったものはまた後で取りに来ようと思う。
「......んっ」
カレンが目を開くとそこは、とても静かな場所だった。
背を預けていたものを見上げて目を見開いた。
「神樹...?」
神樹、それは世界の各地にあり聖なる力を溜め込むとされる。
しかし、副産物として魔素を吐き出すことから管理のされていない世界樹は魔物の群生地となっているため世界の各地で人が踏み込めない場所が数多くある。
見渡すとそこは窪地のようで壁に囲まれており火山地帯でありながら熱気の入り込まない場所のようであった。
そして、視界の端には竜の顔が岩肌に紛れるようにこちらを覗いている。
本人(竜)は顔だけを覗かせて隠れているつもりなのだが、色白のため浮いているのである。
それを刺激しないように視線をそらし、ゆっくりと辺りを見渡す。
足元には持ち込んだ物などが乱雑に積まれておりそのなかには魔法を使うための杖も置かれている。
この時点でカレンは絶望的な感情を薄れさせた。
(物を運ぶほどの知性がある?)
努めて冷静にカレンは状況を考察する。
(餌にするには不要なものまで...恐らくは気遣っての運搬。敵対してもどうにかできる自信?大きさからすればまだ幼いはず...そもそも敵と戦ったことがない?魔物の沸く奥地で?いえ、最近は魔物が居なくなっていて不思議ではない...ん?)
ふと見上げると壁の上にあった顔は見当たらず、どこかに消えてしまっていた。
やってしまった。せめて場所だけは把握しておかなければ。そう思い立ち上がる瞬間
「グオォォォウ」
背後から声がした。
「ひゃぁっ!?」
立ち上がる勢いで前に倒れこみ荷物の山から杖を手に取る。
振り向きながらに何か魔法を使うべきか思案するが、有効打が思い付かない。
何を使ってもダメージにならないような気さえしてくる。
木のうらにすがるような位置で竜は顔を覗かせていた。
体がこわばり動けなくなりつつあるカレンに対し、少しだけ目を見開いた竜は何をするでもなくこちらを見ている。
最終的にカレンはひとつの魔法を選ぶ。
もしもこれが友好的な存在であればという賭け。
「"交信"」
カレンは言語の違う者と会話をするための魔法を使う。
「ぼ、僕は悪い竜じゃないよ」
まるで自分を弁護するかのような発言にカレンは混乱し素の反応を返してしまう。
「悪い竜がいるの?」
「えっ?いや、見たことはないけども...襲われるのは嫌だなって」
普通に会話ができる。
それを理解するのに時間はかからなかった。
「それで、私たちが調べるために来たって訳」
「へぇ。じゃあ今ごろ他の人は町に戻ってるのかな?」
「あー......そうね、今ごろ救助の話が進んでいるかも知れないわね......」
今はもう日が沈み月が空へと昇っている。
彼らが昼に戻ったとして、早ければ明日の朝には捜索隊が動く可能性もある。
「あなたはこれからどうするの?」
カレンは竜へ尋ねた。
「たぶん、何も。僕は空の飛びかたも知らないし、他の竜の事も知らない。守るべき物もなければ倒すべき敵も居ないから、このまま変わらず過ごすと思う」
人と関わりたいとは思うが、竜という姿では不意に討伐されてしまうかもしれない。
そこまで長い人生経験があるわけではないが、すべての人が優しいだけでないことを僕は知っている。
日本で暮らした記憶を前世と思っているが、欲にまみれた人の際限の無さは警戒するのに十分だった。
「南の国に竜の住む街があるの。もしかすると詳しく話を聞けるかも知れないわ」
「僕が出歩いたとして。人は襲って来るんじゃない?」
「竜騎兵ってのがあるくらいだし、あなたの大きさだと多少は誤魔化せると思うのだけれども...それに、この場所はいつか知られることになるわ。その時までに知るべき事はあるはずよ」
変わらずここで生活をするということは魔物が生まれないというわけで。資源のために開拓が進み、人が来るのは間違いないだろう。
「未来のためにか...」
「えっ?」
「あぁ、いや。言われたらそうだなって。次に出会う人がカレンさんみたいに優しい人だとは限らないわけだし、その前に戦い方を知るべきなんだろうなって」
魔素と呼ばれるもやもやしたものではなく、美味しい食べ物が食べたいという気持ちもある。
「それで、相談なのだけど...」
カレンさんが少し腰を低くするようなしゃべり方をした。
「もし巣穴とかがあれば鱗の1枚でも落ちてないかなって...」
つまりはお金になりそうなものが拾いたいらしい。
旅の前に先立つ物を。快く答えて案内をした。
そのお金で僕のために美味しい物を買っておくれ。
竜に遭遇した翌日の朝。ガルム、ジグルド、ゼスの三名はギルドの酒場で飯を食べていた。
「クソ、早く探しに行かなきゃならんってのに」
急ぎの報告をしたギルドからは山への立ち入りを禁止すると言われたのである。
「まぁ俺らじゃあの竜相手に勝てないでしょうし、連れて帰られると困るってのはわかるんっスけどねぇ」
「かなりの物を落としてしまったし、準備をするのも一苦労だ」
ガルムの呟きにジグルドが答えゼスが合わせる。
助けたいとは思うが、すぐにそれができないのも理解している。
「どうしたもんっすかねぇ?」
ふと、外が騒がしい事に気が付く。
直後扉を開けた男が声高に叫ぶ。
竜が出たぞ、と。
ジグルドが振り返ると二人はすぐに立ち上がり駆け出していた。
しかし、彼らが見に行ったところで何かが出来るわけでもなく。
騒がしくなるギルドの片隅で、そのうち追い返されて戻るだろうと考えながらジグルドは料理に手を伸ばした。
町の外に着いてからおよそ一日が過ぎた。
いくつかの鱗を換金し騎竜用の鞍(中古なので若干違和感がある)を背負いその横に食糧などの荷物を縛りつけ出発の準備は整っていた。
「あなたのお陰でいいものが買えたわ」
カレンが鞍に跨がったまま背を撫でながらお礼をいう。懐の財布も重たくなったらしい。
「そろそろ呼び名のひとつでも決めたらどうだ?」
ガルムは一歩引いた位置から訪ねる。
「うーん、ちゃんとした名前があるなら隠すだけでいいんだけど、この子みたいに親から名付けがされてない場合、下手に呼び名を使ってるとそれが真名になることもあるのよねぇ」
カレンが言う真名とは魔術的な契約に使われるもので、使われると行動を縛れるほどに意味のあるものである。
「バカに勘違いされても困るし親しくし過ぎないくらいがよいのでは?」
ゼスは手帳に何かを書き留めながら隅々まで観察をしている。
「話ができて下手に暴れない。十分じゃないっすか」
ジグルドは首の横でペタペタと触っている。
「いや、それはそうなんだが......」
かつて飛竜に襲われた経験からガルムの表情は固いままだ。
「竜のいる国まで10日ほど。はやく慣れた方がいいわよ?」
カレンの一言によってか、ジグルドは口を押さえたまま肩を震わせた。
町を出たあとの道中はとても穏やかなものだった。
「あんまり魔物と出会わねぇなぁ」とガルム
「気配は感じるんっすけどね」とジグルド
「強い相手には近付かない。本能が働くのだろう」とゼス
「もうこの子とずっと一緒にいたい」とカレン
時折強弱もわからないゴブリンなどが現れるがサクサクと切り捨てらるている。
......ちなみにゴブリンは薄めすぎたカルピスのように飲めないことはないがあんまり美味しくない感じである。
わざわざ解体するほど価値がなく、放置するくらいならと胃袋に収まっている。
野宿を繰り返しながら7日目。
穏やかな旅路も、本来近寄る予定のなかった街で足止めを食らうこととなるのだった。
「是非にとのことです」
物資の補給に立ち寄った一行は領主バッカーナの使者により顔を出すように告げられる。
「こうなる前に立ち去りたかった」
とはカレンの談である
なんでもこの街の領主とやらは珍しいものに目がなく、多少の黒い噂と共に金にものを言わせて集めているらしいのだ。
「下手な口実を与えると面倒な事になる」
という話によってドタドタと音を立てながら歩く肥えた男がベタベタとさわりながら歩き回るのを、目を閉じてじっと耐えていた。
樽に手足をつけたような太った男はこれでもかと宝石をちりばめたきらびやかな服に身を包み、ぐふぐふと笑いながらこれはよいものだと呟いている。
「ではこれを金貨100で買い取ろう。下がって良いぞ」
領主はそう言うとカレンを追い払うようなしぐさをして配下に金を用意させるように指示を出した。
「そんなの!認められるわけないでしょう!」
そうだそうだー!もっといってやれー!という気持ちで近くにいたダルマのような男を睨み付ける。
「ふむ、そうかね。では仕方がない」
男はそう言葉を漏らして指を鳴らした。
直後に現れた私兵らによりカレンは取り押さえられてしまう。
それを見て「何を!?」と思ったときにはすでに手遅れだった。
静かに近寄っていたローブの者によって首輪のようなものを取り付けられた瞬間、体が言うことを聞かなくなり立ち上がることが出来なくなっていた。
「金でおとなしく引き下がれば良かったものを。おい、そいつは街に魔物を連れ込んだ罪人だ。外にいる仲間ごと吊るしてしまえ」
その言葉で兵はそれぞれの仕事をこなすために動き出した。
「そんな!」
声をあげようとしたカレンは即座に口をふさがれてしまう。
カレンを連れ出した兵隊がいなくなると領主は顔を歪めて
「さぁて、本当の竜というものはどんな構造をしているのだろうなぁ?」
あとで聞いた話によると、この男は手に入れたもの達を解体し剥製にしていたらしい。
結論から言えば剥製にされることはなかったのだが。
「ぐふふ...おぉ怖い怖い。そんなに睨み付けられると興奮するだろうが!」
男はそう言いながら鱗の1枚を力任せに引き抜いた。
どうにかしてやりたい感情とは裏腹に身体は一切の抵抗を見せず、焦りが心を駆り立てる。
そして......それまで気が付かなかったひとつの感情が心を満たし、僕の意識はそこで途切れた。
それは本来あるはずであった竜の意思。
常に傍にあり、そしてすべてを見て感じていた。
それは詳しく理解したわけではないが、とても悪いことがおきた事だけは理解してしまった。
暴れだしたのはカレン達から受けた優しさに比例して大きくなった、目の前に立つ男にたいする激昂である。
その頃ガルム、ゼス、ジグルドの3名はそれぞれ買い出しなどをしている。
「なにもなければ良いのだがなぁ」
「下手なことをしないよう祈るしか無いですね」
ゼスとガルムは鍛冶屋で武器のメンテナンスをしてもらっていた。
そこにジグルドがあわてた様子で駆け込んできた。
「私兵が動いた!俺達を探しているらしい、一旦離れるぞ!」
鍛冶師にお礼を渡し立ち去ろうとしたときにはすでに遅く、扉を開けて兵士たちが中へと入ってくる。
「そこの3名には街に魔物を引き入れた疑いが掛けられている。切り捨てられたくなければ我らと共に出頭してもらおう!」
白々しくそう宣言した兵士を睨み付けながらガルムは答える。
「連れてこいと言ったのはそっちだろうが!」
「話は詰所で聞こう!どうなんだ!従うのか、抵抗をするのか!」
「クソッ!」
ジグルドは悪態をつく。このような手段に出るということはすでにカレンが捕まっている可能性が高いのだ。
「どうした、やる気か?」
兵達はそれぞれの武器に手を掛け今にも襲い掛かりそうな緊張感が場を支配するその時、街全体を揺らすほどの大きな叫び声が響きわたった。
「馬鹿なことを」
ガルムは状況に理解が及ばず腰の引けた者達を睨むだけで後退させ歩き出した。
「まずは行くぞ」
竜の元へたどり着いたとて何も出来ないかもしれないが、それでも彼らにとって大切な仲間であることに変わりはなく。
「死んでなければ良いんすけどね」
若干の諦めが混ざった言葉を吐き捨てて3人は声のあった方へと向かっていった。
その日、街を納める男バッカーナの元にひとつの手紙が届けられた。
白く小さな竜が街へと向かっているという話である。
詳しく見ると街を横切るということだったが、些細なことは問題ではなくいかにその珍しいモノを手に入れるかで頭を働かせた。
かつて手にいれることがかなわず、せめてでもと竜の傍に領地を得た程度には執着があったのでこの報告にはとても喜ばされた。
「まだ幼い竜か。神が私に寄越した奇跡かもしれぬなぁ!」
彼は幸せの絶頂であった。
労せず屋敷へと呼び出すこともできた。
付き添いが一人、それも後衛の女であり取り押さえることは簡単だった。
隷属の首輪をかけ、残りの者を捕縛させるために私兵を動かしたことであとはいつものようにお楽しみの時間が待っているはずだった。
「な、なにがおきている......?」
鱗の1枚を引き抜いた後。
竜は息を荒くした。
呼吸をするたびにその姿は大きくなり鱗の隙間から覗く肌は紅く燃えるように色付き、白かった鱗はまるで隅のように黒く染まっていた。
目には怒りが満ち溢れ、首輪がミシミシと音をたてる。
ばきり。
首輪が音を立てて千切れる。
直後に竜から放たれた咆哮は屋敷の窓を割るほどの勢いがあり、バッカーナはその場にちからなく崩れ落ちる。
真下に水溜まりを作りながらも、意識を失うことができなかった。
『許さない』
その感情を理解し後悔したとしてもすでに遅い。
蛇に睨まれた蛙のごとく、動くことが出来なくなっているからである。
「ヒッ...ヒィァ...ッ!」
ゆっくりとした動きで竜の口が近付く。
開く口から覗く牙に、これから自分は噛み砕かれるのであろう。
視界を埋める牙が体に触れる瞬間、バッカーナはようやくその意識を手放した。
暖かな日差しに目が覚める。
横にはカレンさんが寄り添うように座っていた。
「あら、起きた?」
辺りを見渡すとそこは屋敷の庭で温泉のような暖かな水が溜まっていて、首から下はそれに浸っている。
意識を失ってからおよそ一晩が過ぎていた。
「南国の竜が来てくれたの。あなたの体を冷ますのに水をかけてね」
体が冷えるのと同時に感情は落ち着いていったらしい。
「忙しいのかすぐに帰っていったのだけれど、後で来るように言っていたわ」
竜の元へ行くことが目的であり、後で話をしても変わらないからだと思う。
「領主は国の監査対象になった。明日にも調査が行われるはずよ」
色々と悪いことをしていたようで、重罰が与えられるだろうとの事だ。
「あなたが目覚めたらここを出る予定だったのだけれども...」
大きくなった身体は騎竜とは見えないほどに膨らんでいる。
「その大きさをどうにかしないことには......」
「それなら大丈夫」
やり慣れた脱皮をすることによりあっという間に身体は元の大きさへと戻っていた。
カレンさんは口を開けて驚いているけどこれをするとお腹がすくからちょっと待っていてほしい。
脱いだ皮をバリバリと噛み砕いて食べ終わる頃にはお腹も落ち着いてくる。
「えっ、そ、あの...?」
後から聞いた話によると竜の大きさは強さと比例するらしく、そのサイズから誤解をされていたらしい。
「おう、そろそろ出れるか?」
「小さくなったんすか?」
「大きさが変えられるとはなんとも珍しい...」
ガルム、ジグルド、ゼスが現れ順に話した。
横ではカレンさんがぶつぶつと何かを呟いているが気にしないことにして、今までと同様に背に荷物をのせ、昼を過ぎた頃には街を出て歩き出したのだった。
その後、彼らは竜の国でひとまずの別れをして主人公は魔法をはじめとした力の使い方を学ぶのでありまして。この物語はひとまずの終わりとなりまして。