告白
「先生は好きですが、男は嫌いです。だから、先生のことは嫌いなんです。」
案の定だった。
先生は「よく…わからないな」とひとこと言って、もう帰りなさいと言いきらずに去っていった。
「ですよね…」
わたしは先生の背中にちいさく呟いた。
それは突然起きた。
先生が学校を遅刻した。それまで無遅刻無欠席だった先生が、職員朝礼とクラスのHRの時間を優に超えて、2時間ほどの遅刻をしたのだ。たったの2時間といえばそうだが、周囲のひとはみんな口を揃えて「久川先生が、めずらしい。」と言っていた。
わたしのせいかな、と少し思った。昨日、あんなこと言ったから気にしてたりして、なんて。
結果的にそれは違った。単に、目覚まし時計をかけ忘れたのが理由だった。先生は慌てて教室に入るなり、「いやっ、本当に申し訳ない!目覚まし時計をかけ忘れたんだ…初めてだよー 本当に……イカれてるなぁ…」半ば呟きのようだった。
クラスの目立つ子は「もうちょっと遅れてもよかったんですよー!笑」とか「ちょっと休んでください」とか言っていて、先生は「うるせー、そういう訳にはいかないだろ」とか適当に返していた。ちょっと笑っていた。
「なーんだ。」
わたしはとってもとっても小さな声で呟いた。
時間はあっという間に過ぎて、先生は今日、ひとこともわたしに話しかけなかった。授業の時も、クラスの雑談の時も。
わたしも敢えて声をかけなかった。
帰り際、階段を降りきったとき呼び止められた。
先生だった。
階段のてっぺんに先生は立っていて、少し息が上がっていた。
「ひとつ、聞きたいんだけどさ。」先生はそう一息ついて、
「俺が女だったら、どうだったの」 と、聞いた。
どうもこうもない。
そんなの、絶対に、先生じゃない。
「そ、そんなこと、聞くまでもないと思います」
あぁ、わたしって馬鹿だなあ。素直になれない。なんで、こんな棘のある言い方しかできないんだろう。本当に……
「そうか、、よかった。」
先生はふぅぅと長い息を吐いて呼吸を整えた。
「笹井は俺が好きなんだな。」
「へっ。」
先生はどストレートに言い切った。恥ずかしがるでもなく、つんとしているわけでもなく、潔く。
「な、なんで…そんなこと、言うんですか………」
わたしは恥ずかしくて消えそうだった。先生に堂々と言われたらどうしようも無い。逃げたくて仕方なかった。でも足が動かなかった。
先生は軽く笑いながら、少しずつ階段を降りてきた。
わたしと目が合う高さまで来た時、
「笹井、卒業して、仕事をして、色んな人に会って、それでも俺を忘れられなかったら考えてやってもいいよ」
もうわたしの顔は真っ赤になっていたと思う。体が熱くて全身に熱を持った。ずるい。先生はずるい。
「そ、そんな風に言うなら、、何も言わないでほしかった……!」
また、わたしは先生を突き放した。 どうしても性格は変えられないらしい。
最低だ。
「いいよ笹井。素直になれないのが普通だろ。わかるよ、ごめん、昨日言えなくて。俺でも緊張してるんだよ、先生だって悩むんだからな」
先生は、今更のように耳を赤くし照れたように口元を手で覆った。
「ずるいです。」
「あはは、ごめん」
ちがうの。
この「ずるい」の本当の意味は、「本当に先生が好き」なの。
ずるくて、女に慣れてない先生が好き。でも、嫌い。好きだから、嫌いだから、先生のこと好きなの。
「あ、あと、今日の遅刻は目覚まし時計のせいじゃないぞ。笹井、おまえのせいだからな」
「っ!!?」
ほんとに、ほんとに、ずるい。
はぁ、ずるい。
あぁ、もう、忘れたくても忘れられない。こんなひと、生涯もう会わないよ…。
「ずっと忘れないから、お願いです。今から考えておいてください」
先に歩き出した先生の背中に向かって、先生に聞こえる声で言った。