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わたしを嫌いな角砂糖  作者: 赤の他人
1/8

甘さが足りない

わたしはコーヒーが嫌い。


まだ小さい頃、いたずらでお母さんが飲んでいたコーヒーを少し飲んだ。すっごく苦くてまずくて、全身に電気が走るみたいにびりびりっとした。それがトラウマで今後一切、コーヒーに手を伸ばしたことはない。ミルクたっぷりのカフェオレも、砂糖多めでもわたしは飲めなかった。


ひとくち、ほんの一口くちにいれるだけでぐらぐらと視界が歪むのだ。自分でもどうして飲めないのだろうと思った。コーヒーを飲む同級生が大人びてみえる。それが悔しくて仕方なかった。




「お待たせ致しました」


頭上から声がした。驚いて顔を上げた。カフェの店員がコーヒーを運んできた。若い女の人だった。


「え、わたし、頼んでません」


急だったため言葉が震えた。


「お連れ様がご注文されましたので」


店員はわたしの前の席を手のひらでさして言った。店員の細長い指先には黒いマニキュアが塗ってあった。飲み込まれそうな黒だった。


「お連れ様……」


目の前の席にはなにもなかった__生きているものはなにも。


「砂糖とミルクはご自由にどうぞ ではごゆっくり」


店員は淡々と言い、後ろで束ねた髪を揺らして去っていった。呆然としているわたしに何も言わずに。




白いカップに入った真っ暗なコーヒーは白い息を吐いていた。目の前の席のなにかは何も言わない。そもそもいないし。ぴくりとも動かない。だって輪郭がないのだから。もしそのなにかが動いてもわたしにはわからない。




わたしは1分くらいずっとコーヒーを眺めていた。どす黒いコーヒー。時々前の席もみた。やっぱりなにもいない。いるわけない。


___ぽちゃん


脳内で音がした。水の落ちる音。


違う。脳内ではない。わたしが、わたしが砂糖を、角砂糖をコーヒーに入れていた。


__ぽちゃん、ぽちゃん


2個、3個………店員が運んできた分を全部コーヒーに入れた。最後の1個をいれたとき、目の前でなにかがちらついた。






「お待たせ致しました」


頭上から声がした。驚いて顔を上げた。カフェの店員が、さっきの若い女の人がコーヒーを___違う。


角砂糖を茶碗にいっぱいに入れて運んできた。


「…あ、あの……わたし、頼んでませんけど」


わたしはこわくて顔が引きつった。声もさっきより震えていた。


「お連れ様がご注文されましたので」


「っ、お連れ様なんて…!!!」


わたしは反発しようとした。でも、できなかった。




「頼んだのはわたしです」


「足りなかったの。角砂糖が。もっと、たくさん欲しかったの」




前の席に座ったなにか、それは、死んだはずのわたしだった。


わたしはここにいるのに、目の前には間違いなくわたしの姿があった。


「わたし、コーヒー飲めないじゃない」




__ぽちゃん




コーヒーが揺れた。


「もっと、もっと、角砂糖をください、もっと、たくさん……」


「足りないの」




わたしはぼろぼろと泣いていた。


わたしは目の前で泣いているわたしをみて、言った。




「苦いより甘い方が幸せよね。」



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